グッドデザイン賞を受賞した「深谷上柴保育園」を通して呉屋彦四郎さんと嶋田徹夫さんが考える、園舎・園庭によるこども環境

March 24th, 2016
呉屋 彦四郎
建築家
私たちの暮らし・産業・社会全体を、より豊かなものへと導く“良いデザイン”に毎年贈られている賞がある、それが「グッドデザイン賞」だ。2015年、ジャクエツとアトリ工9建築研究所が建築を担当した「深谷上柴保育園」が、そのグッドデザイン賞を受賞した。グッドデザインと評価された「深谷上柴保育園」は、地域と子どもの関係をつなぎ、環境をより豊かにするような新しい保育のデザインを提案した。今回はその「深谷上柴保育園」の建築を通して築いた、園舎・園庭と子どもの環境について、アトリエ9建築研究所代表 呉屋彦四郎氏とジャクエツ環境事業 建築設計部長 嶋田徹夫氏にお話を伺った。

 

丘を登るような感覚で遊べる保育園 地域で育てる建築デザイン


― グッドデザイン賞を受賞した「深谷上柴保育園」は、一体どのような保育園なのでしょうか。

 

嶋田:「深谷上柴保育園」は埼玉県深谷市に新設された、坂を登るような感覚で遊べる平面的な型をした保育園です。保育園の敷地周辺は東京のベットタウンの役割を果たす住宅エリアで、もともとこの場所は、とある工場の職員駐車場でした。ですが、その工場が撤退することになり、地主の方から「この跡地を子どもたちのために使ってほしい」という依頼があったのでご好意で法人の園を新設することになりました。駐車 場跡地周辺は住宅地であったことから、保育園の新設も望まれている地域だったので、行政・地域、そして私たちが一体となって動けたプロジェクトでした。

 

― 地域の方々にも望まれて生まれた保育園だったのですね。どのようなコンセプトで保育園の開発は進んだのでしょうか。

 

呉屋:地域全体から子どもたちが集まってくる求心性、子どもたちがのびのびと遊び、学び、成長してゆく発展性を持つ保育園にしたいという願いがありました。また、施設の敷地は登園してくる子どもたちだけでなく、地域住民も憩いの場として利用できる公園のような空間になるよう計画しています。

 

― 住民の憩いの場となる保育園、面白い取り組みですね。建物にはどういった機能や工夫が施されているのでしょうか。

 

呉屋:施設建物の中心に大きな中庭を設け、その周囲に機能的な箱部屋(保育室)を配置しました。そして、大きな一枚の屋根で覆うことによって、屋根下に中庭との一体感を持たせ、ひとつの建物として感じられるように設計しました。中庭に面した保育室は、視界を遮る壁をすべて無くしてガラスを使うことで、全ての保育室の様子が 確認できるようになっています。また、建具での間仕切りが可能で、用途によって部屋の大きさを自由に変えられ、間仕切りをして保育を行ったり、間仕切りを全て解放して中庭を含めた大きな一室に形を変えてお遊戯会などが行えます。
表から見た建物は、平面的な芝生の山に、建物が半分埋まったようなデザインです。芝生の坂にすることで公園で過ごすような開放的でのんびりと過ごせる空間が生まれ、子どもだけでなく大人も吸い寄せられる、地域住民の心のバリアフリーとしての機能が生み出せると考えました。また、建物の一部には地域の方々も通れる遊歩道を作り、部屋で遊ぶ子どもたちと視線が合うことで交流が生まれるよう計画しています。

 

― デザインされた呉屋さん自身は、どういった思いを込めて設計されたのでしょうか。

 

呉屋:子どものためだけの保育園ではなく、家族や近隣住民にとっても親しみやすい、心のよりどころになる場所にしようと取り組みました。未来を担う子どもたちの施設をつくるということは、地域の未来も見据えた発展的な提案が求められます。よって、近隣住民の新たな交流の場となり、地域発展の役割を担う施設になって欲しいという思いで設計しました。

 

コミュニケーション力が低下しつつある現代。園舎・園庭の工夫から、地域や社会の仲を深める


― 園庭や園舎のデザインによって、地域との関係にどのような変化が生まれるのでしょうか。

 

嶋田:子どもの施設には園庭がつきものです。例えば園舎が真ん中にあり、まわりに園庭があれば、近隣住民から子どもの様子が見える園庭が、地域に向けた媒体になります。つまり、園庭の位置や形が変化することで、地域や社会のコミュニケーション量が大きく変わり、同時に子どもたちの成長量も変化するのです。

 

嶋田:従来の保育園はセキュリティ面を重視するあまり、地域にとって閉鎖的な空間 になりがちでした。ですが、深谷上柴保育園は建物の中に道を作り、保育園交流の場をつくることによって、近隣住民の方々と触れ合う機会を増やすことができました。ですが、もちろん子どもにとって安心安全な環境を最低限整えておく必要はあるので、子どもの様子は見えるけど入れないようにガラスで仕切るなど、セーフティラインは設けています。安全安心な環境づくりは、建物をつくる上で切り離せない永遠のテーマです。閉鎖的になりすぎないように、社会性を持たせて調整することが重要です。

 

― 建築の力は、子どもたちの成長環境づくりに大きく関わっているのですね。

 

嶋田:建物は形ができたら完成だと思われている方が、多いかもしれません。ですが、実はそうでもないのです。建物は形ができた後も、利用者が育て続けるものなのです。建物を生かすも殺すもその人たち次第なのです。

 

呉屋:建築ができることは、次世代の人たちに何を残していけるか考えて形にすることです。ですが、予算などの関係からできることにも限界はあります。よって、使う人が展開できるように、ベースとなる部分や変化に対応できる環境をしっかりと整えることが重要です。

 

嶋田:子どもの遊び場は、子どもが考えて作りあげることに意味があると思っています。ですから、自由に変化させることのできる間を与えています。また、つくった建物が、いつか違うテーマで、使われることになっても問題がないように、可動間仕切りなどを使って、その時々で変形しやすい設計にしています。

 

木を育てるように、建物も育て続ける。園舎・園庭デザインによって変わる、こども環境の未来


― 建築家にとって、子どもがのびのびと成長できる保育園をつくるには、何が必要ですか?

 

呉屋:理事長の持つ理想、の保育園のイメージを、共有してもらうことが必要です。 理事長にいただいたアイデアや理想のイメージ像を、全て頭の中に入れ、ふるいにかけます。そして、本当に必要な本質は何かを探り出します。そういった本質探しの作業を運営側の人たちとすることが、より良い保育園を設計する重要なポイントなのです。建築家は本質を見つけ出すことで、安全性、使いやすさ、エンターテイメント性、環境、生活、将来設計などが計れ、総合プロデューサーのような働きができるのです。

 

嶋田:この話を聞いて、私がイメージしたのは「木の幹」でした。建物が木の幹だとしたら、保育園に関わる先生・家族・子どもたち、いろんな要素が加わることで、枝が伸び、芽が出て花が咲いて、葉となってふるい落とされたアイデアは肥やしになります。木の幹が立派に成長するように、保育園を育てることで環境を成長させることができるのです。建物の内、外も関係なく、日々、新しい光・風・時間・空間・人・物とのふれ合いながら感性が高まるような場をつくりたいと考えています。

 

呉屋:大変なこともありますが、子どもたちが過ごす保育園の建築に携われることは幸せです。様々な障壁をとっぱらい、今後も子どもたちのためになる未来のデザインを築きたいですね。