トラフ建築設計事務所が考える「子どものへや」とは

October 2nd, 2018
鈴野 浩一
建築家
禿 真哉
建築家
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トラフ建築設計事務所の禿真哉(左)と鈴野浩一(右)


 

人気建築家ユニットのトラフ建築設計事務所が「子どものへや」を作った。

それは、長野県のとある美術館の中にあるという。

 

 

舞台となったのは、安曇野ちひろ美術館。

いわさきちひろは、子どもに向き合い、その生涯を通じて多くの子どもの姿を描いてきた画家だ。にじみを特徴とした水彩画の技法で、子どもたちの自然な表情を少ないタッチで描きだすことで知られ、活躍から半世紀近い時を経た今もなお、多くの人々に愛されている。

特に生誕100周年となる今年は、彼女の作品を展示する長野県と東京都の2館のちひろ美術館を中心に、100周年を記念する特別な展示が行われている。

「Life展」と題されたこの展示では、年間を通して様々な分野のアーティストが参加して、彼女の描く世界への新たなアプローチが試みられている。

 

建築家の鈴野浩一と禿(かむろ)真哉が率いるトラフ建築設計事務所も、この新たな挑戦を託されたアーティストの一組である。そして、彼らが挑むテーマが、冒頭の「子どものへや」だ。

いわさきちひろが描いた子どもの世界を、建築家の視点でもう一度見つめ直し、表現する。
トラフの二人には、ちひろが生涯をかけて描き続けた子どもたちの姿の向こうに、何が見えたのだろうか。

 

 

安曇野ちひろ美術館を訪ねて


北アルプスの麓、のどかな田園地帯の広がる大地に、安曇野ちひろ美術館はあった。

山並みと調和した切妻屋根が美しい美術館に足を踏み入れると、エントランスホールで来客を迎えるのは、宙に浮かぶ真っ白い「空気の器」。これはトラフによる紙の作品で、円形の紙に細かい無数の切れ込みを入れたことで、一枚の紙でありながらまるで空気を包み込むように自在にかたちを変えることができる。まるで円形の机の上で膨らんだ白い風船が、天井へと舞い上がっていくようだ。

 

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宙に浮かんだ空気の器は、だんだんと色をまとい、さらに少しずつ帽子のような形に変わりながら、奥の展示室へと向かって、悠然と廊下を飛んでいく。


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そして、この紙の帽子が導いてくれたのは、いわさきちひろの作品の中から、帽子とかかわりのある子どもの絵ばかりが集めて展示されている「ぼうしのへや」だった。ここには66点の作品があつめられ、展示されている。

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帽子とかかわる作品が集められた展示室


 

トラフの二人は、「いわさきちひろさんの絵をじっくり見ていく中で、あまり、子どもの部屋の様子が描かれた作品は多くなかった。そのかわり、帽子を被った子どもの絵がたくさんあるのが印象に残り、もしかすると子どもたちにとっては、この帽子が、周囲の環境から自分を守ってくれる一つのちいさな空間、子どもの部屋なのではないかと思うようになった。」という。

確かにこの展示室に並ぶ絵の子どもたちは、被ったり手に持ったり、さまざまな帽子とともに描かれていて興味深い。

いわさきちひろの絵では、大胆にとられた余白や、そこに広げられるにじみの色相によって、子どものいる空間を暗示させられることが多いというが、その中に描かれた帽子というモチーフには、親の愛情や、外の世界に飛び出す子どもの好奇心や不安感など、無意識にさまざまな感情を想像し投影して見てしまう。服装の一つとして片づけるには、やっぱり気になる存在だ。

 

 

 

大きな帽子のへや


展示室をでると、廊下の天井を舞う帽子は、さらに奥へと続く。

その流れに促されるようにまた自然と足を進める。一度中庭を抜け、目の前に広がる花畑の心地よい香りを吸い込んだあと、最後に展示室に辿り着いた、部屋に足を踏み入れると、目の前には、直径が5.5mもある大きな麦わら帽子型の作品が置かれていた。

 

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スタードームという構造を応用して、竹を編んで作られたドームは、大きな麦わら帽子そのものだ。子どもたちが中に入ることもできる。

 

周囲に置かれた、子どもたちが座るカラフルな座布団のようなものは、ビート板などに使われているポリエチレン樹脂のカラー発泡素材をオリジナルの配色で混ぜて熱圧着したもので、ちひろのにじみ絵の技法を思わせるデザインになっている。
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帽子のツバの部分は自由な使い方ができる。ワークショップテーブルとして使うときには備え付けられた画材や用紙を使って、ちひろの描いた子どもの顔に、帽子の絵を書き足して作品にしたり、水彩でにじみ技法の体験もできる。おおきな帽子の中では、お話の会も開かれる予定だ。トラフの二人は、ちひろの帽子に包まれながら、遊ぶようにちひろの世界を体験してほしいという。

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ワークショップの様子  Photo/Play Design Lab


 

 

再訪/たくさんのオーナメント


会期の終わり、再び美術館の「子どものへや」を訪れると、展示のオープン時にはわずかしかなかったオーナメントが、作品全体に吊り下げられていた。ここを訪れた親子が、作って飾っていったものだ。
美術館のある松川村では毎年、地元の中学生ボランティアがワークショップを運営し、訪れた子どもたちに作品作りの指導をしている。今年は水彩技法体験で、にじみ技法を使ったオーナメントづくりを指導していて、この夏休み期間中も多くの親子連れでにぎわったという。

 

 

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たくさんのオーナメントで埋め尽くされた子どものへや Photo/Play Design Lab


 

 

たくさんの人が関わって、子どものへやという作品も成長していく。
帽子のドームの中に入って床に仰向けになると、見上げる視界いっぱいに無数のオーナメントが揺れている。みんなの夏の思い出が、ここに吊るされている。


トラフの解釈のように、子どもたちの帽子が、最小限の「子どものへや」だとすれば、その部屋は単に子どもを守るものや、子どもに与えるものではないのだろう。

自ら外の世界に遊びに出かけていった数だけ、子どもたちの成長があり、その姿をしっかり見守るまなざしがある。空間としての要素にかかわらず、そうした環境が最良の「子どものへや」なのではないかと、あらためて考えさせられる展覧会だった。

 


[開催情報]


■Life展「子どものへや」


会期:2018/07/21(土) - 09/25(火)


会場:安曇野ちひろ美術館


  >WEB


  >中学生ボランティア活動記録映像(YouTube)


 

■台湾でも「子どものへや」が展開


会期:2018/09/15(土) - 11/11(日)


会場:誠品書店R79地下書街(台湾)


 >WEB


 

Photo/Akihide Mishima