2019年は、2年に1度の「こども環境サミット」が開催される年。その第二回目の開催となる今年のテーマは、『こどもの未来のために、この国だからできること。』
サミットの会場では、プレイデザインラボの遊具展示や、フェローの方々のセミナーやトークショーも行われ、さまざまな専門家や子どもに関る人々が集まり意見が交わされる。ぜひ皆さんにも一度参加していただきたいイベントだ。
そこで、いよいよ迫ってきた5月の開催日を前に、プレイデザインラボ編集部が、『こども環境サミットレポート』として、2017年5月に行われた前回のサミットを振り返って、興味深かったトークショーをご紹介する連載企画をお届けします。
こども環境サミットレポート
姿勢が良くなる椅子『ピットチェア』の開発ストーリー
今回紹介するトークショーの講師である人間工学研究者、友延憲幸さんと、幼児用備品メーカーのジャクエツを繋いだきっかけとなったのは、「学童椅子用座具に関する研究開発」と名付けられたひとつの論文であったという。当時、子どもの姿勢を良くするための椅子を作りたい、でもどうすればいいかわからない、と悩んでいたジャクエツ開発担当者の目に止まったその論文が、今回紹介される「ピットチェア」の完成に繋がった。その開発までの経緯が語られた今回のトークショーでは、現代の子どもたちの姿勢の悪化、そしてそれを向上させるために友延氏が研究し、検証を重ねてきた様々な事例が語られることとなった。
福岡県工業技術センター インテリア研究所 / 友延 憲幸 さん
なぜ、子どもたちの姿勢は悪くなる?
そもそもなぜ友延さんは、「学童椅子用座具」の研究を行っていたのか。福岡県工業技術センターのインテリア研究所に所属する友延さんは、当初は大人用のパソコン・オフィス作業を改善する椅子の開発を進めていたという。厚生労働省の発表によると、実に5人に1人が腰痛持ちである、という現代日本において、その開発研究は必須とも言えるものであるだろう。かく言う筆者も腰痛に悩まされる1人であるし、会場内でも「肩こり・腰痛に悩まされている人」の問いかけに対する挙手は非常に多かった。
友延さんは、その根本的原因が子どもの頃に教えられた姿勢にあるのではないか、と考えた。であるならば、そこを正せば成人してからもそれらに悩まされることはなくなるのではないか……その考えから、子どもの姿勢に対する研究は始まった。
トークショーの序盤に、友延さんが提示した1枚の新聞記事がある。姿勢が悪い小学生が増えていると感じている教員が、全体の7割に上る、という調査結果である。1970年代に行われた同様の調査では結果は4割程度であったというから、ここ数十年の子どもの姿勢悪化は実際に深刻な問題なのかもしれない。
これに対し友延さんは、3つの考えられる原因を上げている。
・まずは身体面。体幹力がないことで、姿勢を支えられない子どもが多いこと。
・次に、ソフト面。姿勢教育をする環境が少なく、そもそもの正しい姿勢が教えられていないこと。
・そして、ハード面。誰しもが記憶にあるであろう、小学校で使われているあの平板の固い椅子である。
悪い姿勢は内蔵を圧迫し、疲れやすくなる。結果としてそれは集中力の低下にも繋がる。これらの解決策を見つけて、子どもたちに良い姿勢を身に着けてもらうために、友延さんは約半年~1年かけて授業中の児童の姿勢調査を行った。その結果見えてきたのは、授業の1時間(45分)を通して正しい姿勢を取っている児童は皆無である、という現状だった。写真で見せて頂いた児童達の姿勢例の中には、大人にも思い当たるものがあったのではないかと思う。つい前のめりになってしまう、頬杖をついてしまう、背もたれに頼り過ぎてお尻が前にずれるような体勢になってしまう……。これらの写真は、実際に見た教師陣もこれほどまでとは、と驚いていたという。
中でも、椅子が問題とされる姿勢が2つあった。椅子が固いがゆえにお尻が痛くなってしまう、それを子どもなりに解決しようと取っていた姿勢が、
・横座りで片方の重心のみを座面に預けるような姿勢
・机に対し、体がねじれているような斜めの姿勢
の、2つである。
子どもの姿勢を良くするポイントは骨盤
これらを解消するため、友延さんが姿勢を調えようと着手したのが児童用のクッションの開発である。そしてこの時の研究・開発が、先々ジャクエツが開発した「ピットチェア」にも繋がっていくこととなる。
クッション開発のポイントとなったのが、骨盤をサポートすることだった。人間の姿勢は、頭部からの重力がまっすぐに骨盤に落ちる立位が最も理想的である、とされている。
反面、坐位となると背骨が前彎することで、頭部からの重力が前方へ落ちてしまう。極めて不安定な状態になってしまうのだ。これは、座ることにより骨盤が後ろに倒れてしまうことに原因がある、という。
この点に着目し、倒れる骨盤を起こせるようにクッションは開発されていった。鍵となるのは、自分で触っても突起がわかる仙骨・坐骨。これらをサポートすることで、骨盤が後ろに倒れなくなるとのことだ。
実際、このクッションを導入したクラスでは半年ほどでその効果が現れたという。これまでと違う坐位の姿勢に違和感を覚えながらも使い続けた結果、明らかな姿勢の向上が見られたらしい。惜しいのは、コストの関係でこれらの学校への導入は難しく、製品化には至らなかった、という点だろう。
しかし、このクッション開発の研究内容を落とし込むことで「ピットチェア」は開発されていった。
福岡と東京、という離れた場所でのやりとりとなるため、メールや電話で頻繁にコメントを送り合っての開発作業になったという。そして、それらのコメントを反映した試作の早さには、ジャクエツの開発に対する熱量を感じて友延さん自身も驚いた、とのことだ。
相談から完成までは、約8ヶ月。まずは既存の椅子を利用したところから始まり、素材も変えながら試作を重ね、遂に「ピットチェア」は完成した。
よく見ると、座面の形状にも工夫がされている
こだわりのポイントは、座面にある。座面の後ろ側はクッション開発の時にも重要とされた骨盤が起きる体勢となるよう、緩やかなカーブを描いていて、おしりを安定させて腰掛けられる。一方、おしり側だけではなく同じく座面に乗るふとももにも注目し、足側は山形に。この構造で、座る時におしりと両足の3点で体重を支えることができるようになった。
そして低く設定した背もたれは、背もたれではなく「腰板(こしいた)」と呼ばれ、骨盤を支えるためのもの、として設計された。ちなみに、これには思いもよらない付加効果もあったという。腰板が低いので、もたれて椅子をグラグラと揺らすような悪い姿勢にはなりにくいのだ。実際の様子を見ても、なるほど、と納得する安定感だった。椅子を倒すような危険性も低い、というのは、親の視点から見ても安心出来るポイントになるのではないだろうか。
骨盤を起こすことでよい姿勢を保つことができる
姿勢を良くする、さまざまな研究
姿勢悪化の原因は一つではない、と友延さんは語る。実際、友延さん自身、姿勢を調える方向で解決策を研究したクッション、そして今回の「ピットチェア」の他にも、様々な方法で姿勢向上の研究結果を残している。
視線の向く位置に着目し、本やノートを傾斜のある台に置くことで視線が向かう方向の改善から姿勢改善を図った学習台は、家庭用の家具として製品化され、多くの反響を得た。
更に筆記具を持たない方の手に着眼し、その手に身体を預ける目的で開発された「ぐっポス」も、そのユニークな設計と効果の高さに各方面から好評価を得ている。
「子どもの姿勢改善」についてひたむきに研究し続けた友延さんの、その積み重ねもあって完成した「ピットチェア」は、間違いなく子どものためとなる椅子であり、その椅子はきっと、子どもたちの姿勢と共に学習環境もより向上させることだろう。
今回のトークショーのテーマは「子どものために、人間工学の観点からできること」であったが、これらの姿勢にまつわる話は、子どもだけではなく大人にも通じることが大いにあったと思う。実際、筆者はこのトークショーにより自身の姿勢について改めて考えなければ、と思わされたし、会場にいた人たちの中でも、同様の想いを抱いた人は少なからずいたのではないだろうかと思う。
「ピットチェア」を使う子どもたちも、いずれ大人になる。友延さんの研究開発の始まりとなった「子どもの頃の姿勢改善により、大人の腰痛の悩みも緩和されるのでは?」という疑問への答えは、近い将来、目に見える形となって現れるのかもしれない。そんな、未来への希望をも感じさせてくれる40分だった
(プレイデザインラボ編集部 ライター/西尾希未)
<おしらせ>
第2回 「こども環境サミット 2019」 が、2019年5月15日から17日まで開催されます。
このイベントには、プレイデザインラボも展示参加します。
開催概要は、
こちらの、こども環境サミットオフィシャルページから