発酵の世界をもっと身近に!子どもと食育の活動事例/小倉ヒラクさん講演

May 29th, 2023
PLAY DESIGN LAB
プレイデザインラボ 事務局
47都道府県のローカルな発酵文化を紹介し、下北沢の発酵食品専門店「発酵デパートメント」を運営、発酵文化を楽しむツーリズムプロジェクトを実施したりと、「発酵」を軸に幅広い活動を展開している発酵デザイナー・小倉ヒラク氏。「見えない発酵菌たちの働きを、デザインの力を通して見えるようにする」をコンセプトに活動に取り組んでいる小倉氏の講演が実施された。今回は「子どもと食育」をテーマにした講演内容をダイジェストでお届けする。

 

発酵食品のパワーを実感


大学時代に文化人類学を学び、その後デザイナーとして活動していた小倉氏。幼い頃から免疫不全のため身体が弱く、社会人になってからはハードワークが続き体調を崩しがちだった。起床時は低血圧で1時間は動けない、寝る前は咳が止まらない、低気圧の日はめまいが襲う…。そんな症状に悩まされていた時、実家が味噌メーカーである同僚が、発酵学者として知られる小泉武夫先生を紹介してくれた。小泉先生から「もっと発酵食品を食べなさい」とアドバイスをもらい、朝ごはんをみそ汁とごはん、漬物という伝統的な和食にしたところ、少しずつ体調が元に戻っていく感覚があったそうだ。そこから小倉氏は、味噌や醤油といった発酵食品に興味を持つようになった。

 

「手前みそのうた」から発酵デザイナーへ


フリーのデザイナーとして独立した小倉氏が最初に手掛けたのが、前述の味噌メーカーのお仕事。「味噌文化を伝えるために、親子向けの食育プログラムを作りたい。しかし、小難しい話をしても子どもは興味を持ってくれない」―そういった相談内容だった。そこで小倉さんは、味噌の魅力を伝える歌と振り付けを作り、アニメ化して動画サイトに公開することを提案した。2011年に公開された「手前みそのうた」の歌詞を一部紹介しよう。

 

みそ みそ みそ 手前みそ うちで作ろう うちの味


おみそ みそ みそ 手前みそ うちの数だけ みその味


 

軽快なメロディに覚えやすい振り付け、かわいらしいアニメでできた「手前みそのうた」。公開当初は、食育に興味のある一部の人に見てもらえたら十分だと考えていたが、思わぬ反響があったようだ。まず、有機農業の先進自治体である山梨県北杜市から問い合わせがあった。音楽の授業で「手前みそのうた」を歌って踊り、その後家庭科の授業で実際に味噌を作るプログラムを実施したいということだった。この取り組みはテレビでも紹介され、地域の食育関係者の間で広く話題になった。次第に「手前みそのうたの教材はないのか」という問い合わせが増えるようになり、出版社と相談してDVD付き絵本を出したところ、その内容が評価され、2014年グッドデザイン賞を受賞するに至った。

 

「親が変わらないと子どもの食生活やライフスタイルは変わらないから、子ども向けの食育活動をしても意味がないと言われたこともありました。しかし実際は逆で、子どもが自分で味噌をつくれば、保護者はその味噌を使ってみそ汁を作ってくれます。子どもたちから親のライフスタイルを変える力があるんだと分かりました」(小倉氏)

 

山梨県に訪れた際、バス停で「手前みそのうた」を子守歌として歌っているお母さんに出会ったことに感動した小倉氏。発酵は天職なのかもしれないと感じ、発酵デザイナーとしてのキャリアを歩み始めた。

 

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歌って踊って、楽しく発酵の世界を理解する


2011年頃から味噌づくりワークショップを実施していたが、東日本大震災が起きてから若いお母さんの参加率が急激に上がったという。食材がどこから来て、どのように作られているのかよく分からないことに危機感を覚え、自分の目で確かめたいという人が増えたようだ。

 

味噌づくりは学びが多い。まず大豆を手に入れることになるが、国産大豆はめったに売っていない。実は国産大豆の自給率は10%を切っているのだ。また、味噌を作るためには麹が必要だが、そもそも麹とは何なのかが分からない。このように材料を揃えるだけで、食に関する多くの学びが得られるのだ。さらに、味噌づくりは半年間にわたり、麹にいる微生物の働きを待たなければならない。物理的に目に見えない自然との出会いを通して、世界観が変わったという参加者の声もあった。小倉氏は発酵デザイナーの仕事に大きな可能性を見出すようになった。

 

そして2015年、「こうじのうた」をリリースした。麹づくりのワークショップにてみんなで歌って踊り、身体を使って楽しみながら麹の働きを理解するという狙いだった。今回この講演で社員の皆さんも踊った「こうじのうた」の歌詞を一部紹介しよう。

 

こうじ モコモコ こうじ モコモコ うまみ増す あまみ増す


分解チョキチョキ 分解チョキチョキ うまみ増す あまみ増す


 

麹は日本だけに存在する毒のないカビだ。お米にカビがついて胞子が生えてくる様子を表現したのが「こうじ モコモコ」。麹の胞子が増殖すると、たんぱく質がうまみ成分のアミノ酸に、でんぷん質が甘み成分のブドウ糖に作り替えられるのだが、その様子が「うまみ増す あまみ増す」という歌詞になっている。栄養成分の組み換えは、酵素というハサミのようなものを使い、栄養分を細かく切ることで行われる。その様子が「分解チョキチョキ」。このように、親しみやすい歌詞の中に麹の働きがうまく表現されている。

 

「何かを学ぶ時、楽しさって大事だと思うんです。以前まで発酵分野は“匠のこだわり”、“伝統”といったイメージで、興味関心を持つ人も年齢層が高めでした。でも、僕たちの活動を通して、子どもたちや若い世代の人たちも親しみやすくなり、発酵に対する興味のハードルを下げられたと感じています」(小倉氏)

 

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微生物とコミュニケーションがとれるロボットを開発


小倉氏が2019年から現在まで取り組んでいるプロジェクトが「ヌカボット」だ。フランスの情報学者と韓国のデータサイエンティスト、日本のデザイナーが連携して進めるこのプロジェクトは、人間とコミュニケーションがとれる「ぬか床型発酵ロボット」の開発という内容だ。

 

日本の伝統的なぬか漬けは、はっきりとしたレシピというよりは「おばあちゃんからの伝承」といったスタイルで受け継がれている。そのため、若い人との断絶があり、新たに挑戦したくともしづらいという課題があった。「ヌカボット」は、話しかけると今の状態を教えてくれるものだ。「食べごろだよ」「腐りそうだから混ぜて」といったように、話しかけるだけで発酵の状態が分かるので失敗しづらく、若い人でもぬか漬けづくりにチャレンジしやすくなる。

 

発酵の状態はデジタルセンサーで計測している。イオン濃度や香り、pH値など、約20個のパラメーターを常時モニタリング。半年間、プロジェクトメンバーで毎日食べたぬか漬けの食味スコアデータと照らし合わせて、美味しい時と腐りそうな時のパターンを学習させた。そして、ヌカボットがパラメーターの状態に応じて適切なコメントを行う、という仕組みだ。

 

ぬか漬けづくりのサポートだけでなく、微生物とのコミュニケーションをサポートするという目的もある。微生物は実際に言葉を話すわけではないが、醸造関係者は「今日は気持ちよさそう」「なんだか窮屈そう」といったように、微生物とコミュニケーションをとれる感覚があるという。この感覚を、醸造関係者以外の人でも体験できないだろうかと考えたのだ。「ヌカボット」のデザインは妖怪のようで、どこかまぬけでかわいらしい。高度なAIを搭載しているので、何でもない質問に対してもとぼけた答えを返してくれる。ヌカボットとのコミュニケーションを通して、目に見えない微生物への愛着が湧くことは間違いない。

 

「僕たちの活動のベースは伝統が7割、新しいメディアやテクノロジーが3割。今の若い人たちが、発酵にもっとアクセスしやすくなる機会づくりに挑戦しています」(小倉氏)

 

身近でありながらも、まだ多くの人には知られていない発酵の世界。歌やワークショップ、ロボットを通して発酵の世界を広める小倉さんの活動は、多くの示唆に富んでいた。そして、子どもから大人まで楽しめる食育活動の重要性を理解できた講演であった。

 

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