ビジネス書アワード2冠を受賞した『経営戦略全史』などの著者であり、ビジネススクールの教授として活躍する三谷 宏治氏は、2006年からは特に子ども・親・教員向けの教育活動に力を入れている。
ビジネスモデルの本質や、イノベーションに迫る三谷氏は、現代のビジネスに必要なスキルと、子どもの教育にどんな共通点を見出しているのか。自身の記憶に強く残っているという、幼少期の遊びの体験を通して、お話しをうかがった。
Bという究極の制限。だからたくさんのものを生み出せた。
あれは確か、保育園の頃ですね。クリスマスの朝、枕元に置かれていた大きなプレゼント。それが私と「Bブロック」の出会いでした。
実は予め親たちが何かの形を作って置いていてくれたらしいんですけど、それを見た瞬間、子どもの私は全部バラしてしまったっていうんですよ。で、置いてあったものよりも数段いいものを作ってしまった。未だに母親がそれを悔しそうに話してくれます。子どもの発想力には叶わないわ、と。
やっぱり、最初から好きだったんでしょうね。ブロックの断面がアルファベットのBの形をしてるのですが、この形はとても制限があるように見えて、実はすごく自由で。(ブロックを組み立てながら)たとえばこうやって繋げると、翼が開くみたいに広がっていく。で、ここで止まる。これがあればなんでも作れると思ったし、実際なんでも作りましたね。宇宙船のお腹の部分を作って、そこから小さな機体を発進、みたいなこともやった。たとえばこれが8の字だったら止まらないで動いちゃうんですよ。だけどこれはBで非対称だから、動ける方向と動けない方向が出てくる。だからこそ可動部品的な使い方もできて、それがまた楽しかった。
「Bという形しかない」って究極の制限だと思うんです。そして発想というのは、制限を打ち破る工夫、みたいなところにある。私も自分の子どもたちには色んな制限を与えて来ました。うちにある遊び道具っていうのも、折り紙だったりあやとりができるような紐だったりトランプだったり、とにかくシンプルだけど遊び方の定まっていないものが多かった。そこから色んな遊びが生まれていくんです。子どもって、特に小さい子なんかは、本来的にはそういうのが得意なんだと思うんですよ。遊びを作っていく、ということが。
遊びを「作っていく」、多様な楽しみ方
保育園や幼稚園なんかの子どもの世界だと、一番人気のある子っていうのは、カッコいい子でもリーダーシップのある子でもない、遊びを作れる子なんですね。同じ鬼ごっこをしていても、こういう風にしたらもっと面白くなるんじゃないか、という提案ができる子。新しいルールを作れるっていうのは一番なんですよ。
プレイデザインラボの遊具なんかもそういうところを目指していると思うんですけど、遊びが限定されずに新しい遊び方をどんどん作れるというのは子どもにとってもとても魅力的なものです。ひっくり返したら違うものがでてきた、とかそういうものでもいいんですけど、多様な遊び方ができて、なおかつそれを自ら発見していく楽しさを、子ども時代に味わうことが大切なんですね。子どもの頃に発想していたものっていうのは、大人になっても発想が育っていくから。
ここで私の言う「発想力」とは、頭のなかでポン、と考えつくだけのものじゃなくて、「身体性」を伴っているものです。こういうのってどうなっているんだろう、どうしたら楽しいんだろう。そういうプロトタイプを作る、イメージで終わらせないでとにかく作ることから生まれてくるもの。思えば私もBブロックで遊んでいた頃って、そうだったんですよ。自分で設計をする、という楽しみがBブロックにはあった。試行錯誤しながら、駄目だと思ったら外して、また作り直せばいい。そうやってどんどん作っていける、それが良かったんでしょうね。丸一日かけて作ったようなものは流石に急には壊せなくてしばらく眺めているんだけど、それでもやっぱりそのうち壊してまた新しいものを作っていく。6歳やそこらのときにこう繋げたらこう動いて、ここを繋げたらここが動かなくなって、なんていうのを誰かに教えてもらったわけじゃないんですよ。だから自分で作って気づいていってたんですね。発見して、気づいて、修正して、また組み立てていく。今で言う「デザイン思考」ですね。
暇な子どもを作る、そこから創意工夫が生まれていく
それらはすべて、今私がビジネス向けであったり、或いは子どもたち向けに伝えていることも同じです。知識だけで解ける問題なんてもうないんだから、やってみるしかない。その上でいいなと思ったら続けるし、駄目だと思ったらやめる。そういうのをどれだけ素早く出来るか、それを身につけられるか。それは小さい頃にどれだけ色々試行錯誤をしたかにも大きく左右されます。
そういう試行錯誤、多様な遊び方に必要なのは、子どもが「暇」なこと。わが家では娘達に、習い事は一つしか認めませんでした。新しいものをやるならその一つを辞めなきゃいけない。ゲームやテレビも一日30分と決まっている。だから彼女たちはすごく暇で、その暇をどう潰すか毎日考えていた。暇だけどテレビを見て過ごせない、主体的に過ごさなきゃいけないというときにこそ子どもは必死に考えて遊びを作り出していきます。うちの次女が昔言っていました。「子どもが遊ぶのにおもちゃはいらない、遊び相手がいればいいんだ」と。兄弟や姉妹であったり、友達であったり、相手がいることで発想は更に生まれていくのです。
そして子ども自身が主体的に考えていくためには、親や周りの大人がまず変わらなくてはいけない。子どもだけ変わっても、家に帰ったらルールが違うんじゃ戸惑ってしまう。
どれだけ暇な子どもを作れるか、そしてその子どもたちにどれだけ創意工夫の機会をあたえられるか。それが未来を生きる子どもたちにとって、もっとも大切なことなのではないかと思います。
※今回、三谷氏のお話しにでてきたBブロックは、幼稚園・保育園などに向けて販売している業務用ブロック。やや大きめのサイズで誤飲の心配がなく、小さな子供でも創造力をはたかせて様々な形状がつくれる。