あそびの持つ可能性。それは、人間を突き動かす「楽しい」という感情を刺激し、あらゆる境界を飛び越えてつながりの中心となれることなのかもしれません。本対談では元陸上競技選手の走る哲学者・為末大氏と、あそびの専門家・PLAY DESIGN LABを主宰する株式会社ジャクエツ 代表取締役 徳本達郎が、それぞれの視点からまちづくりやあそびの可能性について語り合います。AIやテクノロジーが目覚ましく進化する現代社会において、スポーツや身体の持つ力とは。そして、これからの社会に求められる遊具とは。
 
個性が異なる人々の中心点としてのあそび
徳本:今年(2025年)4月に、私たちとしては初めて海外のイベントに出展しました。毎年イタリアで開催されている世界最大のデザインイベント「ミラノデザインウィーク」に、PLAY DESIGN LABが深澤直人氏と共に手がけた「YUUGU」を用いたスペシャルインスタレーション「Playful Sculptures(プレイフル スカルプチャーズ)」を展示しまして、とても良い反応をいただくことができました。また、海外初出展にともない、海外の皆さんにも私たちの理念を理解いただきたいと考え、ダボス会議のメンバーであり僧侶の松本紹圭さんの協力も得ながら、英語でフィロソフィーを再構築しました。
為末:海外コミュニティで活躍されている松本紹圭さんは、日本は何であるかを海外に説明する経験が豊富な方なので、まさに適任ですね。
徳本:あそびを人間だけでなく、自然やAIを含むあらゆる生命へと拡張する、八百万の感覚や視点を大切にしているという思いを込めて、フィロソフィーは「Play Beyond Humanity―すべての存在と共にあそぶ未来へ」という書き出しではじまります。また、松本さんからのアドバイスもあり、未来起点で価値ある遊具を開発したいという願いを込めて「100年先の未来からやって来た会社」というものにしました。日本的なバックボーンも含め、私たちの感性が海外の方々にも伝わればよいのですが。
為末:「プレイアトラクタ(PLAY ATTRACTOR)」という言葉も面白いと感じました。これはどういった経緯で生まれた言葉なのですか?
徳本:「みんなが引き寄せられるあそびの力」のことをうまく言いあらわせる言葉がなかったのでつくりました。アトラクタとは何かを引き寄せる中心のことで、近年は物理学や脳科学でも注目されている概念です。たとえば子どもから高齢者、障がいのある方など、一人ひとり違うみんなが集まり、交わりながら、あそびを中心にぐるぐる回っているうちに、そこにしかないつながりが生まれる様子を表しました。みんながそれぞれの楽しみ方をしていながら、混沌ではなくて一定のルールや軌道がある。これこそが人の意識や心であり、その中心にあそびがあればいいという思いを込めさせていただきました。
為末:アトラクタという概念は、物理学者の池上高志さんから話を伺ったことがあります。カオス理論という考え方がありますが、本当のカオスでは場が成立しない。カオスなのになぜ留まるのかというと、そこに何らかの吸引力があるはず。しかし、吸引力がありすぎると一点に集中してあそびがなくなってしまいます。カオスではなく、みんながうごめきながら留まる状況、というのがアトラクタの概念だと理解しています。あそびは個性の異なる人々がつながり、助け合うためのアトラクタになり得るでしょうね。
 
 
あそびで境界を崩せば、世界はもっと良くなる
徳本:当社の創業者徳本達雄は1916年に創業以来、幼稚園の他に、差別撤廃をめざした青年会や、女性支援のための婦人会、港湾労働者のための保育園を創設するなど、その時代の社会課題を解決したいという思いが強くありました。創業110周年を迎える今、幅広い社会課題に改めて向き合い、まちづくりに取り組むなど原点回帰したいと考えています。その第一歩として、重度の障がいを抱えた子どもたちと、健常とされる子どもたちが一緒にあそべる遊具シリーズ「RESILIENCE PLAYGROUND」が、2024年度グッドデザイン大賞を受賞できたのはうれしかったですね。
為末:素晴らしいですね。PLAY DESIGN LABと仕事をしていて感じるのは、「我々はこういうことをしたいからご協力お願いします」ではなく、「こういうことが好きでこういう機能があるけれど、為末さん一緒に何かしませんか?」という発想で声をかけてくださるなと。PLAY DESIGN LABが一つの器を形成していて、余白があるからこそ外部の人間も入ることができる。やりたいことがあれば、何かしらの接点が見つかり、手を組める環境なのはとても面白いと思います。その機能を拡張していくと、まちづくりや教育、スポーツ、アートなどの境目を崩しながら、社会課題に対して全く新しい取り組みができていくかもしれません。
徳本:私たちが目指すのは、社会的貢献と事業活動を分けずに一体として考えていくことです。社会貢献の意識を持つだけではなく、プロダクトをつくり販売して、世の中に届けてまちの姿を変えて、子どもたちのあそびや暮らしまで変えていく。「RESILIENCE PLAYGROUND」は、あそびで社会課題を解決した実績も評価されたのだと思います。
為末:あそびはカテゴリーが決まっていないからこそ、多くの人が参加しやすく、世の中の境目を優しく崩していける。これが、あそびの可能性なのだと思います。例えば、スポーツの競技場は本来何に使われてもいいはずですし、色々な役割を担える施設だと思いますが、実際には「これはスポーツのための施設」と決められてしまっていて、他の使い方がしにくい仕組みになっているのが現状です。しかし、イスが置かれるとカフェになって、退けると道や競技場になるような、境目が曖昧な施設があっても楽しいじゃないですか。世の中の境目が決まっているところにPLAY DESIGN LABが入り込んで、あそびを軸にした曖昧な場所ができて、人が集まって……といったように、教育や介護といったカテゴリーに縛られないものができるとワクワクしますよね。カテゴリーをとっぱらって、ゼロから考えるともっと楽しい社会になるでしょうし、言葉で説得するのは限界があるので、PLAY DESIGN LABには現実の風景として新しいものをつくり上げることを期待しています。
徳本:まさに、境目に少し余白があるだけで、人の関わり方はずいぶん変わりますね。
為末:物事と物事の境目が明確であると思考するとコストは下がりますが、ぎすぎすした感覚や分断が生まれることと表裏一体であり、世の中は良くなりません。膜のように存在する隔たりをいかになめらかにするかという時に、あそびは良いアプローチになると思います。人間にとって一番強いのは、「正しい」よりも「楽しい」という感情だと思うので、あそびを使って隔たりを溶かしていくと、世の中は大きく変わっていきそうですね。
徳本:私たちの取り組みがその一助を担えたらうれしいですね。
 
領域を越えて、新たなチャレンジを
徳本:為末さんは最近どのような活動をされていますか?
為末:様々な分野の専門家と連携して、新しいまちづくりに挑戦したいと考えています。専門領域が異なると使う言葉も考え方も違い、コミュニケーションコストがかかってしまうので、領域をまたいだ専門家が連携するというケースはあまり多くありません。しかし、スポーツを軸に研究している人は少ないため、私は以前から領域をまたいで活動することが多かったんです。境目を崩すことが最近の一番の興味なので、本来出会わないような人同士が出会える場を設計してみたいとも思っています。その成果物としてのものづくりをする力は私にはないですが、PLAY DESIGN LABはプロダクトという形にできる点が強いですよね。
徳本:研究したものをプロダクトにして、ソフトと一緒に届けられるのは私たち最大の武器だと思います。だからこそ、為末さんとソフトとハード両面で今後も連携して、様々なものを発信していきたいです。
為末:一緒にまちをゼロからつくるのも楽しそうですよね。トヨタ自動車の実験都市「ウーブン・シティ」の開発に携わった方が、昼間はカフェ機能のある長屋があり、夜になると自動運転で撤去されて競技場が現れるというプレゼンをされているのを見たことがあります。例えば公園の売店も営業時間になると現れて、営業時間外になるといなくなり、自然だけの空間になる……といった形ができると面白いかもしれません。
徳本:夢が広がりますね。デンマークやドイツに視察に行った際、公園などの公共の場に、大人も使えるスタイリッシュな健康遊具が設置されているのを見たのが印象的でした。日本の場合、お年寄りを対象にしたぶら下がり健康器のようなものはありますが、ランニングした後に気軽にストレッチできるような遊具はほとんどありません。見ているだけで楽しくなるようなアート性があり、いろいろなあそび方や使い方ができる遊具を開発できれば、日本全国に広がり、公園のあり方も変えられるのではと考えています。
 
 
為末:トレーニング場には、動きの軌道が明確に決まっているマシン系と、いかようにも使えるダンベルのようなリフト系という2種類の器具があるのですが、日本の公園にある健康遊具はマシン系で、用途が決まっているものが多いですね。そうではなくて、「使い方もあなたが考えてください」というものの方が面白いと思います。腰痛は足首の関節とハムストリングの硬さが関係しており、つま先を上げた前屈姿勢が腰痛を改善するのですが、腰痛対策の遊具を開発する際、ただ前屈するだけの器具にするのではなく、例えば山型のオブジェに座ったり立ったりすると自然にその姿勢になるような遊具だといいでしょうね。
徳本:散歩している人が自然と立ち寄り、身体をリフレッシュできるような、ベンチのように曖昧な存在の遊具を開発できるといいですね。為末さんが最近気になっているトピックはありますか?
 
AI時代に向けて、身体を賢くする
為末:将来AIが本格的に社会に入り込んだ時に、人間はどういう営みをして、何に喜びを見出すのかに興味がありますね。AIを加速させるのはエンジニアリングの世界ですが、本当にAIに包まれた後は、エンジニアリングとは全く逆の、五感を研ぎ澄ませた人間の方が強くなるかもしれません。現在は「この資料を要約して」といった指示を出してAIを活用するケースが多いですが、将来は「たくさん活動した日の15時のような感覚を享受できる状態にして」といったような、五感を駆使した指示がなされるようになるのではと予測しています。AIが浸透した社会では、五感を研ぎ澄ませて身体を豊かに、賢くする。そんなことが求められるようになるかもしれません。
徳本:人間は脳からの指令だけで動いていると考えられていますが、実は筋肉からも、マイオカインという脳内の伝達物質のようなものが出ているそうですね。身体を賢くする、というのは今後注目される分野になりそうです。

自身が開発に携わった遊具「Kepler Tower」でデモンストレーションをする為末さん。