生活リズムが乱れ始めた現代の子どもたちに必要な「あそびの環境づくり」 早稲田大学教授 前橋 明 氏とジャクエツが築く、子どもの成長発達につながる遊具。

March 31st, 2016
前橋 明
早稲田大学人間科学学術院 教授 / 医学博士
近年、「子どもたちの体力低下」や「生活リズムの乱れ」が問題視されている。生活リズムが乱れることにより、体力が低下して、自身の身を守ることができないほど、子どもの能力は下がっているというのだ。そのような課題を解決するため、アジア各地で子どもたちのからだづくりについて研究を行っている、早稲田大学教授の前橋 明氏と、遊具メーカーのジャクエツは立ち上がった。子どもの健やかな成長に必要なスキルを、遊ぶことで身につけることができる、そんな新型遊具を共同開発したのだ。
現代の子どもたちが抱えている/抱えさせられている、生活や環境にまつわる問題とはいったい何か、また、それらの問題を解決するには、どのような役割が遊具には必要とされているのか。今回の遊具の開発に携わった前橋 明氏と、ジャクエツの企画担当スタッフにお話を伺った。

 

生活リズムの乱れから起こる体力低下、自律神経機能の低下。子どもたちの成長発達を支援するために、私たち大人ができること。


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― 現代の子どもたちの生活環境とは、一体どのような状況なのでしょうか。

 

前橋氏:現代の子どもたちの体力低下や生活リズムの乱れには、いくつかの原因があります。そのひとつは「睡眠時間の乱れ」です。夜型化した大人社会の影響を受けて、子どもの就寝時刻が遅くなり、睡眠時間が短くなったりと、睡眠のリズムが崩れる現象が起きています。本来であれば、夜、子どもが眠っている間に、細胞の新生を助ける成長ホルモンが分泌されますが、睡眠時間を削ることによって、子どもが成長できる時間をも削られてしまっているのです。
二つ目に、「食習慣の乱れ」が影響しています。現在、朝ごはんを摂らない子どもが増えています。朝ごはんを食べないとからだが目覚めず、朝から元気に活動できません。毎朝行うべき排便もできず便秘になったりと、清々しい気持ちで毎日を過ごすことができない状態でいるのです。こういった不規則な生活は、子どもたちのからだを壊していって、最後には心の問題にまで発展していくのです。

 

― 子どもたちの生活リズムの乱れは、ここまで大きく影響するのですね。

 

前橋氏:大人たちがもっと真剣に「子どもらしい本来の生活(栄養・運動・休養のバランス)」を大切にする必要があります。現代の子どもたちの遊び場はほとんどが室内で、生活の基本となる歩くことさえも疎かになっています。移動手段も、車やバスに乗る子どもたちが増えて、身体活動量が激減しています。また、昭和60年の1日(午前9時~午後4時まで)の歩数が平均にして12000歩だったのに比べて、現在の平均歩数は5000歩程度です(※2015年11月現在)。こういったネガティブな積み重ねが、子どもたちの基礎体力を低下させているのです。また、近年は働くお母さん方が増えていることから、小さな頃から保育の施設で過ごす時間が長くなってきており、そこでの過ごし方も重要になってきています。そのため、子どもを預かる施設も体力を伸ばすための知識をもち、のびのびと運動のできる環境を子どもたちに提供できたら一番いいですね。

― 子どもたちがからだのバランスや生活リズムを整えるためには、どうすればいいのでしょうか。

前橋氏:私が子どもの頃は、夜には心地よく疲れて、早めの就寝で、生活リズムが整い、体力も高い子が多かったんでしょうね。山で木登りをしたり、岩を飛び越えて遊んだり、田畑を走りまわったりと、日常の中で全身を使って運動エネルギーを発散し、自然と健康的な生活を送っていました。
子どもたちの生活リズムを整えるには、まず朝起きたときに、太陽の光を浴びさせて体内時計をリセットして下さい。日中にたくさん運動することによって、帰宅後はお腹を空かせてしっかりご飯を食べることができ、夜はぐっすりと眠るという、非常にバランスの良い生活リズムがとれるようになります。

 

― 運動といってもいろんな種類がありそうですが、おすすめの遊び方はありますか?

 

前橋氏:からだへの負荷が少ない運動ばかりでは、体力は高まりません。成長期には、筋肉に負担がかかる、心臓がドキドキするダイナミックな運動にもたくさん挑戦させ、体力を高めていただきたいです。テレビ・インターネット世代の子どもたちは、奥行きのない画面を眺める経験が主となり、平面的な動きが中心のあそびを多く行っています。反対に、キャッチボールのような、立体的な実際の空間を使ったあそびをする機会が減っているため、空間や距離感をとらえる力が発達せず、障害物を避けることができなかったり、人やボールにぶつかってケガをしやすいからだになっています。自身を守る能力を身につけるためには、ジャングルジムやトンネル等を利用して、実際にくぐったり、登ったりして、上下、左右、前後の距離感や間隔を認識する空間認知能力を高めていく必要があります。こうして、様々な遊具を使っての運動体験をもつことにより、子どもたちが生活していくために必要な体力や運動能力を身につけることができるのです。

 

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― 今のお話を聞いて、遊具メーカーとして子どもの運動についてどうお考えでしょうか。

 

企画担当者:地域によって差があると思いますが、幼稚園や公園など子どもたちの遊べる場所が限られていることや、外で遊びたいと思わせるものが少ないことが、運動しない子どもを増やしている原因だと考えています。なので、遊具の力で子どもたちのあそびを誘発させるようなことがしたいですね。
私はジャクエツに入社して4年目ですが、今まで経験してきた遊具開発は、お客様の「こういうあそびがほしい」「こういった機能がほしい」といった要望に応えたモノをつくることがほとんどでした。ですが、今回は、子どもたちの運動能力を高めるための遊具をジャクエツ発信で開発したのです。これは、前橋先生が推奨している「子どもに必要な“4つの運動スキル”」を遊具に取り入れることで、近年の子どもたちの体力や運動能力の低下に歯止めをかけたいとの想いからです。この取り組みによって生まれた遊具が、「ディノワールド」です。運動スキルという点に着目した遊具に挑戦できたことは、会社としても一歩前進できたのではないかと思っています。

 

― 先ほどから言われている“4つの運動スキル”とは、一体どういった概念から生まれたものですか。

 

前橋氏:体力を向上させるには、からだのもつエネルギーを発揮させ、全身の筋肉に負荷を加えていくような遊具をつくる必要があると考えます。例えばですが、幅跳びそのものは地面を蹴ってからだを浮かす筋力や瞬発力という体力が必要ですが、手の振り方やからだの反り方、着地の仕方などの動作のスキル(技)が加わると、より良いパーフォマンスがみられます。これが運動能力なのです。様々な運動スキルを鍛えることで、脳や神経に効果的に働きかけることができ、バランス良く運動能力を高めることができます。したがって、運動の基本スキルを繰り返し経験できる遊具があれば、子どもたちの生活環境はもっと良くなるはずだと思い、ジャクエツさんと共同で4つの運動スキルの経験できる「ディノワールド」の遊具開発に携わらせていただきました。

 

子どもの成長に必要な「4つの運動スキル」とは


(1)移動する運動スキル(歩く・走る・這う・くぐる・跳ぶ)…からだを移動させる運動スキルです。自分のからだを意識し、ものとの距離感をつかむ空間認知能力や全身の筋力を育みます。

 

(2)バランスをとる運動スキル(立つ・渡る・乗る)…姿勢を維持する運動スキルです。不安定な場所でもバランスをとろうとすることで、平衡感覚を養います。

 

(3)操作する運動スキル(打つ・投げる・蹴る・まわす)…道具や物を、手足などのからだを使って操作をする動きです。物を操って楽しく遊ぶことで、協応性や巧緻性が育ちます。

 

(4)その場での運動スキル(ぶら下がる・押す・引く)…その場で、ものにぶら下がったり、しがみついたり、押したり、引いたりする運動スキルです。筋力や持久力が高められます。

 

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子どもたちが健やかに成長するために、子ども環境の未来を築く。


前橋氏:子ども環境をより発展させていくには、いろんな角度からの情報が必要です。家・会社・施設・行政のそれぞれができることは何か、情報提供を行いながらアイデアを出し合い、すこやかな子ども環境を築いていくことが重要です。今回のディノワールドの遊具開発も、研究者の私と設計者のジャクエツさんと協力したことで、かたちにできた遊具だと思います。

 

企画担当者:私たちは教育現場に入ることはできませんが、モノとの関わり合いで、空間をつくることはできます。ディノワールを開発したことで、自分たちの力で子どもたちの未来環境をより良くすることができる可能性に気づくことができました。今後、新しい遊具開発を行う際にも、課題解決するためのコンセプトをもち、様々なことに挑戦できたらと考えています。また、遊具の配置ひとつで子どもの遊び方や興味のもたれ方が変わります。そういった工夫の積み重ねで変化は起きるので、細かなところにもしっかり目を向けて取り組んでいきたいと考えています。