若手デザイナーの登竜門「JAGDA新人賞」を受賞するなど、注目を集める三澤 遥氏。今回お話を伺った三澤氏が、今、特別な気持ちで臨んでいるのが、魅力ある生き物の世界に人びとを誘うための、場やメディアのデザインだ。インタビューを通して、三澤氏が上野動物園で実践してきた活動と、芽生えつつあるという新たなイメージに迫ってみたい。
小さな子どもが“ほんもの”とふれあう場所
上野動物園には、1948(昭和23)年に誕生した「こどもどうぶつえん」がある。動物園の中で“子どもと動物がふれあえる”日本初のスペースだ。三澤氏はそのリニューアルに携わり、0〜3歳児を対象とする「はじめてルーム」をデザインした。2017年7月11日にオープンしたそのスペースは、親子が一緒に動物たちを観察してふれあい、絵本やあそびを通して別の角度からも生き物たちの世界に踏み込むことができる楽しい場所だ。
「はじめてルーム」の風景
「ほんもの図書館」のコーナー。動物の種類で分類された絵本棚には、チンチラ、モリアオガエル、ハリネズミなど、絵本に登場する“ほんもの”の主人公がくらしている。
はじめてルームのなかには、実際の生き物と様々な情報が濃密に集まり、たくさんの仕掛けや機能がつめ込まれている。しかしながら、白木で統一された空間はいたってやさしい雰囲気で、安心感があり、デザインには無駄がない。サインなどの配色も濃いグレー一色で抑制が効いてすっきりとしている。
「子どもというのは実はすごく感度が優れていて、きれいなことや美しいことが冷静に分かっていると思います。私は父親が図工の先生で、小さい頃によく美術館に連れていってもらったのですが、そのときの“作品が自分の中に入って来た感覚”というのを今でもすごく覚えています。もしかしたら今の自分よりも新しいものへの感度が優れていたのかもしれません。ですから、子どものデザインは絶対に手を抜けないと思っています」と三澤さんは語る。
「小さい時の記憶に、なにかもやもやとして夢なのか本当なのかも分からないけれど、ずっと大事にしてきたものってないですか? 私にはそういう記憶があるんです。このはじめてルームでの体験が、『なんだか卵に囲まれてダチョウの卵を抱えていたなあ。そこには絵本もあったなあ』と、小さな子どもの記憶に“ちょっと違和感があるもの”として焼きついたら嬉しいですね」
「たまごプール」のコーナー。木でできた卵プールの中で、壁画に描かれた動物たちの卵を見つけて遊ぶ。近くには鳥の絵本もたくさん置かれている。
一見するとわからないが、実は随所に子どもたちの豊かな発想を促す工夫がある。だが、そんな空間を実現するまでには、たくさんの試行錯誤が必要だった。「子ども」「生き物」「あそび」を室内で共存させることは困難で、動物に関するプロの飼育係さんらの助言を受けながら、動物の生態やストレスなどと考え合わせ、プレゼンを重ねて現在のデザインに至ったという。
上野動物園に潜むエネルギーを伝えるために
はじめてルームの他にも三澤氏は、ご自身が強く惹かれるという上野動物園の魅力に注目し、デザイナーとしてできることを提案しながらいくつかのプロジェクトを手がけてきた。その一つである「UENO PLANET」は、3年がかりで育ててきたという。ほとんどの日本人に「もう知っている」と思い込まれがちな上野動物園。そこにある豊かな自然を見直して、折りたたみ巨大ポスターやウェブ、動画などに再編集した。繊細な線画で描かれたプラネット(下の写真)は、樹木が緑で動物が白の不思議な世界。動物だけではない動物園の魅力が描き出されている。
UENO PLANET ウェブサイトより。 上野動物園は、ひとつの惑星にも例えられそうなくらいに多様な生態を宿しているということに気づかされる。
「上野動物園には、およそ350種2,500個体の動物だけでなく、樹齢400年を超える巨木や深い森があり、四季を通じてカワウやアオサギ、オオバンなどの野生生物も訪れる生態系となっています。豊かで奥深いその自然を一つの惑星に見立て、その動物園全体のもつエネルギーを伝えるために、鳥のように空からの視点で一枚の絵に描きました」。
UENO PLANETのポスター(2015)より。動物園全体をプラネットに見立て、主役であるはずの動物を白、通常は背景とみなされてしまう植物を緑で色づけし、全ての生物や環境に光をあてている。
「UENO PLANET」のウェブサイトでは、このプラネットの絵がインタフェースとなり「PATTERN(動物の体表の模様)」「HOUSE(動物の家) 」「FOOD(食べ物) 」「HELP(救済が必要な動物) 」「PEOPLE(動物園で働く人) 」「NIGHT(夜に活動する動物) 」「PLANT(動物園の植物) 」の7つコンテンツに誘導される。各コンテンツにアクセスすると、やはり繊細な線画によって詳細な情報が紹介されていく。例えば、「HOUSE」には、43種類の形の異なるケージの線画があり、一つ一つのデザインを楽しみながらページをめくっていくうちに、「これまで“ただのケージ”としか見ていなかった動物の家には、こんなに豊かな形状のバリエーションがあったのか」と驚かされる。普段は見過ごしてしまうそれらの“隠れた情報は”、三澤さんとスタッフが動物園に通い、ヒアリングや資料から収集して図に起こし、地図上にプロットするという丹念な調査活動によって可視化された。
UENO PLANET ウェブサイトより。サイトを通して動物園の知られざる一面に出会うことができる。
「以前、上野動物園のスタッフの方にお聞きしたのですが、人が生涯で動物園を訪れる回数は、平均3回なのだそうです。子どもの時と、デートの時、それから自分が親になった時ですね。であれば、お仕事をする中で、その回数を4回以上に増やしたいと思いました。ウェブサイトは世界中から見ていただけます。そこでこれまでにない切り口で動物園を紹介すれば、縁のかなった人たちにも関心を持ってもらえるのではないかと思いました」。
三澤氏が手がける上野動物園の魅力を伝えるデザインは、他にもポスターやパンフレットなど、広がりをみせている。以下に紹介するのがその一部だが、文字やイラスト、写真にこだわり、どれもとても手間のかかる手法でつくられている。なぜわざわざこんな手の込んだことを?と質問すると、「自分がかけたエネルギーを感じ取ってもらうことで、動物園や生き物にあまり興味のない人たちにも何かが伝わるはずだと信じてやっています」との答えが返ってきた。
動物園のパンフレット(2017)Illustration:Yumi Uchida。動物たちの絵や文字は、超精細な手描きの線の集まりでできている。
真夏の夜の動物園パンフレット(2017)Photo:Osamu Yokonami 別々のケージで展示されている生き物たちを、夜の自然光という同じ条件で撮影。掴まる枝をレイアウト上でつなげて一つの樹木のように表現している。
あそびのデザインが誘う未知の体験
三澤氏は今年、「PLAY COMMUNICATION」という遊具のシリーズに携わった。この遊具は、日本幼児体育学会の会長で、子どもの健康福祉学の第一人者である前橋 明 教授(早稲田大学 人間科学学術院)が監修し、多種多様なパーツと機能を組み合わせることで、「あたま・こころ・からだ」を育てる工夫がなされている。また、各パーツのモジュールを広げることで、子どもたちが一緒に遊べるようにし、その名の通り、行き交う子ども同士がコミュニケーションの機会を増やすことも意図されている。三澤氏は、この新しい遊具のコンセプトや魅力を表現するためのアートディレクションを担当した。
子どもが遊ぶ物とはいえ、遊具は実に奥が深い。この遊具の特徴や、遊具での遊びを通して育まれる子どもの能力を、幼稚園・保育園の先生や保護者に知ってもらうために、大型パンフレットや、CGを駆使したムービーを制作する。それは、三澤氏にとって初めての経験だった。
三澤氏のデザインによる「PLAY COMMUNICATION」シリーズのロゴマーク。
さまざまな機能を一覧できる大型パンフレットも企画した。
「このプロジェクトに関わって、子どもたちのために機能や安全面がどれほど追求されていのるかを知り、自らも考えさせられました」と三澤氏。今後はその視点をもって、遊具についてより詳細に理解できるコンセプトブックを計画しているという。
三澤氏は常に、自ら課題を見つけ、積極的に提案するという姿勢を大切にしているが、今回の遊具開発でも情報発信のデザインだけにとどまらず、遊具のカラーリングが工夫された。「注目したのは、これまであまり重要視されていなかった柱やデッキ等、ベースとなるパーツです。こうした細部の色が微妙にずれているだけでキーカラーが引き立たなくなり、逆にこれらの細部の色味にこだわると、パネルの赤や緑が映えると考えました」。でき上がった「PLAY COMMUNICATION」のパーツ部は、細かなネジの頭まで明るいグレーできれいに統一され、色鮮やかな遊具に仕上がった。
強い好奇心、入念なリサーチ力、実行力。一連のお話からは、常に前向きでまっすぐなデザインの取り組みが伝わってくる。動物や子ども、そして、あそぶための空間や遊具に向き合ってきた三澤氏は最後に、新たに見えてきたというこんなイメージを語ってくれた。
「生き物の生態に無理のないかたちで成立する“生き物と人間と遊具の新しい関係”があるのではないかと思っています。例えば、これまでの動物園は、人間が動物を見るだけのものでした。でも、もっと生き物に寄り添って、例えば猿山の隣に同じ高さの山があって自分も登れるというような、生き物と人間が共に体を動かしてあそべる場のあり方があると思うんです。ぜひ挑戦していきたいですね」。生き物と人間があそびながらとけ合っていく。まだまだ新しいプレイデザインの可能性がありそうだ。
制作チームと「PLAY COMMUNICATION」の大型パンフレットを囲んで
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UENO PLANET ウェブサイト
(プレイデザインラボ編集部 デザインリサーチャー/楠見春美)