ジャクエツが運営するPLAY DESIGN LABは、「子どものあそびの研究所」。子どもは遊びを通じて創造と発見を繰り返し、さらに新たな遊びを見出し成長していく。「創造や発見」といえば今や産業界でも重要なキーワード。ということで今回は、2018年に、経済産業省とともに「デザイン経営」宣言を公表した特許庁へ。審査業務部長の西垣淳子さんに、デザイン経営のことや発想、そして遊びとイノベーションの関係について伺った。
インタビューに答えていただいた、特許庁審査業務部長の西垣淳子さん
デザイン経営ってなんだろう?
― 早速ですが本日は、特許と遊びは創造性でつながっているという仮説を持って伺いました。特許庁では創造性を高める方法として「デザイン経営」に着目されていますよね。
西垣:昨年、PLAY DESIGN LABを運営しているジャクエツさんの福井本社を訪れました。遊びを通して成長する子どもに対して、安全性やそのほかの要素も含めて、何が本当に大切かを考える。デザイン思考を実践しながら、企業の理念を製品やサービスにつなげるという筋の通った企業経営に感銘を受けました。
2018年、経済産業省と特許庁とが一緒に「デザイン経営」宣言を出しましたが、デザイン経営とは、デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を生み出すことです。これはまさにジャクエツさんが既に取り組まれていることだと私は思っています。
― 「デザイン経営」宣言の背景や思いについて教えてください。
西垣:特許庁は、イノベーションを推進していく省庁でもあります。産業界でここ10年ほど言われているのが、IoTやAI、デジタル化が進む中で、イノベーションの起こり方が非連続的になっているということ。また、一つの企業だけで解決できる課題も少なくなっていて、デザイン経営についても、企業自体をデザイン経営にしていくこととあわせて、デザイン経営に取り組むことを標榜する企業同士が一緒に考えることで、新しいビジネスが生み出される。そういう動きを伝えたいという考えもあって、デザイン経営宣言を出しました。
デザイン経営宣言をきっかけに、「デザイン経営ってなんだろう?」という問いが生まれたはずで、その問いによって、新たな議論が生まれると感じています。ジャクエツさんもそうだと思いますが、デザイン経営を既に実践している企業さんにインタビューすると、当然のこととして根付いているからか、デザイン経営を実践しているという意識はないんですよね。他方で、デザイン経営を実践していないまたはそもそも知らないという企業にデザイン経営を訴求したいという狙いが、デザイン経営宣言にはありました。
デザイン経営宣言の研究会を立ち上げる以前、デザイン経営を実践するさまざまな企業の方々とお話をしたら、「何をいまさら」「それは、当たり前の考え方です」という意見や、反対に、「ずっとそう言われ続けてきたけど、世の中は変わってない」という声もありました。世の中を変えるひとつの方法として、「政府が宣言を出すだけでも意味あるんじゃないですか」と背中を押してくださる方もいました。
経済産業省・特許庁がまとめた「デザイン経営」宣言
最近は、デザイン経営宣言というのを、枕詞のように使っていただけています。デザイン経営について解説していると話が長くなってしまうので、デザイン経営宣言によって、みなさんがその都度、説明しなくてよくなったというメリットも生まれています。
特許庁の新たなチャレンジ
― 宣言されただけではなく、特許庁内でも実践されたと伺っています。
西垣:特許庁では、当時の宗像長官がリードして、デザイン経営を行う庁内の体制を整えた上でデザイン経営に取り組んできました。特許制度などのユーザーとの関わりが強い特許庁は、組織としてデザイン経営の実践に向いていると感じています。
最近は、経済産業省が文部科学省と一緒に子どもの教育を考え始めたり、文部科学省のシンポジウムに経済産業省の課長が参加して講演したり、霞が関の中でも共創が進み始めています。特許庁でも、知的財産を重視して、日本が新しい価値をつくっていくという方向性さえ一致してれば柔軟に他の機関と共創できると考えています。
特許庁内のこのプロジェクトルームで、様々な取組が議論されたという
― 特許庁内のデザイン経営の成果や、外部に向けての新たな発信はありますか?
西垣:2020年1月14日に公開したのが、「お助けサイト〜通知を受け取った方へ〜」です。デザイン経営チームがユーザーの声をヒアリングしてみると、特許の出願などに対して「拒絶理由通知書」を受け取った段階で、出願を諦める人がいることがわかりました。「拒絶理由通知書」の内容は、「この部分がこういう理由で特許にはなりません(ので直してください)」というものであることも多いのですが、「拒絶」の二文字が強いのでそれで諦めてしまうそうです。
そこで、「拒絶理由通知書」とはどういうもので、受け取ったら何をすればいいかを伝えるウェブサイトを作りました。それが、お助けサイトです。2020年4月から、「拒絶理由通知書」や「登録査定」に添付される「注意書」にQRコードを付して本サイトへのアクセスを容易にする予定です。
知的財産権には、特許以外にも、意匠や商標があります。商標は、出願人の約5割が中小企業や個人で身近な存在ではあるものの、なかなか権利取得にまで手が回っていない方もいらっしゃり、その方々に対して積極的なアプローチができていないのではないかという課題がありました。そこで、商標権を知らずにビジネスをすることは経営上の大きなリスクであることなど、知的財産の重要性を自分事として捉えて欲しいという思いで、「商標拳」という動画と、特設サイトを公開しています。
動画と特設サイトのイメージ:特許庁提供
子どもたちのイノベーションの芽を育てる
― 2019年の「こども霞が関見学デー」では新しい取組をされたそうですね。
西垣:デザイン経営の広報チームで、改めて特許庁が子どもたちに伝えたいメッセージとは何かを再検討したところ、それは、創造の楽しさや、創造が生み出す可能性でした。そこで、創造性の本質に触れてもらう機会を作り出すことが重要ではないかと考えました。
それを受けて、2019年のこども霞が関見学デーでは、特許庁主催の夏休み子ども向けイベントとして、「ジュニアイノベーションフェス2019〜きみの手で“あたらしいワクワク“をつくろう!!〜」を企画しました。広報チームが中心となり、夏を涼しく過ごす解決策を考える「クールイノベーション体験」や、作成したうちわをウェブに掲載して人気投票を行う「うちわんぐらんぷり」などを実施しました。
参加者のアンケートを見ると、作るとか、考えるとか、そういう楽しさを持って帰ってもらえたようで、まさに特許庁がやりたかったことを実現できた手応えがありました。お子さんが、「楽しいから帰りたくない」と言って困ったという、お母さんからのメッセージもありました。
ジャクエツさんにも、子どものチャレンジ精神を応援する取組がたくさんあると思います。子どもの創造性は、幼児教育から始めなければ、なかなか育めるものではありませんよね。世の中のイノベーションの在り方が変容する中で、従来の詰め込み教育ではなく、創造性を持った人材を育てていくこと。日本の産業政策としても、人材育成が今、大きな課題になっています。
― 「遊びが何の役に立つのか?」という問いの答えは、イノベーションに必要な能力を育てると言えますね。私たちは遊具の開発などをしているときに、子どもたちを観察しますが、逆に学ぶところが多いと感じています。
西垣:常識にとらわれない子どもの視点に、大きな可能性がありますね。よくお子さん向けのものを作っている企業さんで言われるのが、子どもにやさしいものは、大人、特に高齢者にもやさしいということ。日本の市場は高齢者がどんどん大きくなってくるので、子ども用から高齢者用に同じ発想で切り替えることがビジネスの現場で起こっています。
未来のイノベーションは遊びから
― ジャクエツのビジョンはこれまで、「こども環境の未来をつくる」でしたが、昨年、「未来は、遊びの中に。」に変更しました。遊びは子どもだけのものではなくて、おっしゃったように、大人にも社会人にも、遊びが大切な時代になっています。
西垣:仕事においても遊びは大事です。デザイン経営を実践している企業さんって、社内外のいろんな人々が出会えるフリースペースがあったりします。そこで、さまざまな人々が意見をぶつけ合うことで、新しいアイデアや企画が生まれています。
今までのこの資料を作りましょうといった、きっちり決められた仕事を何時までにやるというのとは違うアプローチからイノベーションは生まれています。結論ありきではなく、論点もなく議論をすることは、遊びにも近いじゃないですか。そういう時間を新しいものを生み出すための職務と呼ぶのか、遊びと呼ぶのか。子どもだけじゃなく、大人の仕事の中にも遊びがないと新しいものが生まれないことは、みなさんも感じられていると思います。
今後、AIがさらに伸びていくと、将来的にはなくなる職業もあると言われていますよね。今ある仕事は、割と決められたとおりのことをやるものが多いですが、今の子どもたちが働くようになった頃には、本当に必要な人材は、AIを使いこなせる人や、AIではできないことができる人。つまり、創造力やクリエイティビティーがさらに重要になってきます。
イノベーションが非連続的というのもそこにつながっていて、今までのような積み上げで考えていけば答えが出る世界ではなくなったときに必要なスキルを、もっと訴えていく必要があります。新しい時代に答えを導き出せる人について考えると、現在の教育の在り方も変わっていく必要がありそうです。
最近とても気に入っている話があって、先日、中学3年生が独自の新しいプログラミング言語「Blawn」を作り出して、プログラミングコンテストで経済産業大臣賞を受賞したんですね。ウェブでインタビュー記事を読んで印象的だったのが、「受験勉強のようにプログラミング言語を開発しようとしたら、きっとできなかった」と。彼は、自分がやりたいことを考えたらOSまで遡って、結局すべて作り直したという話で、課題設定から入っている。
普通だと、ある程度知識を付けてから開発しようと考えるものですが、ゴールがあって、そこに向かうために必要になったものを、周りの友達に教えてもらいながらどんどん進めたそうです。これは、先ほどお話した教育の話にも通じると思います。そういったことができるのも、やはり子どもの柔軟性。遊びと新たな発想、イノベーションには、確かに通じるところがあると感じています。
(構成・文:廣川淳哉、取材写真:大木大輔)
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