子どもたちに心地よい、エモーショナルデザインのアプローチ/芝浦工業大学教授 橋田規子さんインタビュー

August 28th, 2020
橋田 規子
プロダクトデザイナー / 芝浦工業大学 教授
子どもたちにとってより良い環境を作るためには、どのようなアプローチがあるのか。

今回は、心地よさのデザインと表現される「エモーショナルデザイン」を実践するプロダクトデザイナーであり、芝浦工業大学デザイン工学部教授の橋田規子さんにお話を伺った。

橋田さんがデザインした最新作は、子どものための便器「プティ トワレ」だ。毎日使うものだからこそ、シンプルで使い勝手に配慮した形。けれども使う度にどんどん親しみを覚えてくる。そんな子どもたちに心地よいデザインはどのようにして産み出されたのか。子どもの環境デザインのためのヒントを探してみたい。

 

0D1A2898エモーショナルデザインを実践するデザイナー 橋田規子さん


 

「人の心」を中心に考えるデザイン


 

―はじめに、橋田さんが実践されているエモーショナルデザインの概念について教えてください。


橋田:エモーショナルデザインというのは、分かりやすく言うと「人の心に訴えかける魅力的なデザイン」のことですね。昔はスペックや機能を重視した製品デザインが主流でしたが、今は人間中心設計の時代。人の心にこそイノベーションがあるとも考えられています。人の心を中心に考えたエモーショナルデザインでは、ストレスがなく、気持ちよくスムーズに使える心地よさを目指します。その心地よさは、心と身体を癒してくれるだけでなく、次に進もうとする人の行動を後押しする効果もあるのです。

 

 

―橋田さんはエモーショナルデザインを「心地よさのデザイン」とも表現されていますが、それは人間の感覚を中心にデザインを考えられているからなのですね。その心地よいプロダクトをデザインするためには、どんなプロセスがあるのでしょうか。


橋田:エモーショナルデザインは感性工学を取り入れた現状把握から始めるのですが、この「感性」こそが心地よいデザインに欠かせないものとなります。「感性」とは見たり触ったり、聞いたり、味わったり、香ったりする時の感覚を受ける能力のことで、人は膨大な経験から得られた感性を元に好き・嫌いや、快・不快を判断しています。研究として行う現状把握のアプローチでは調査したい製品の様々な画像や素材、形を用意し、見た時にどう感じるかアンケート評価(感性評価)で調べ、その結果について統計学(多変量解析)を用いて分析することで好ましいパターンを発見します。

 

 

―「感性」に基づいたアプローチは人を取り巻く環境すべてに関わるので、プロダクトデザインだけでなく、色々なシーンで応用できそうですね。


橋田:そうですね。人の心に訴えかける魅力的な「エモーショナルデザイン」は、インテリアや空間デザイン、遊具、インターフェースなど全てのデザインに応用できるものだと思います。

子どもは特にそうだと思いますが、人間は身体的なところから感情が湧き上がってくるものです。ですからエモーショナルデザインを実現するためには、人がどういう感覚や知覚を持っているかを知ることが大切になります。

感覚といえば「五感」を連想しますが、それ以外にも冷覚や圧覚など様々な感覚が存在します。これらの知覚を深掘りし、調査を進めることでより快適なデザインが実現できるのではないでしょうか。

 

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感性を研ぎ澄まし、人の気持ちを考察する


 

―「感性」のお話をしていただきましたが、デザイナーはユーザーの感性をどのようにして捉えるのでしょうか。


橋田:私は、普段から自分自身の感覚をよく観察することを心がけています。大事なのは感覚を研ぎ澄まし、観察力を高め、人の気持ちを考察する習慣をつけることです。プロのデザイナーは経験からこの習慣が鍛えられているのですが、経験の少ない学生や若者は「観察しましょう」と言っても何を見ればいいのか分からないものです。大学ではそのポイントについて指導しています。

例えば屈強な男性は、か細い女性の気持ちが分かりづらく、健康な若者はお年寄りや体の不自由な方の気持ちが分かりづらいように、まだまだ気づかれていない気持ちはたくさんあります。人は適応力があるので、多少の不快は見過ごせるものです。でも、何かをしていると「ちょっと不便だな」と感じるところがいくつかあるはず。そこを見過ごさず、改善していくことが大切です。

 

 

―経験を積むことで観察眼が養われていくのですね。


橋田:私も年齢を重ねることで、自分の弱さに敏感になることも多くなりました。これは若い時代よりも感覚が繊細になって、いわゆる弱者を知ることができるようになったのだと思います。一つ一つの経験が感性を研ぎ澄ます。それが、エモーショナルデザインの発見に役立っていくのだと感じています。

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子どもが進んで使いたくなる、心地よいトイレ


 

―橋田さんの最新作は、子ども用の便器ですが、子どもたちのためのデザインにあたって、どのようなことを意識されましたか。


橋田:今回は「子どもがすすんでトイレに行けるようなやさしいかたち」をテーマにしました。排泄は我慢するものではありませんし、便器は肌と密着するものなので、きめ細やかな配慮が求められます。近づきたくなって、見ていても気持ちが良くなる形を目指しました。

名称未設定 1橋田さんがデザインした乳幼児用便器「プティ トワレ」


 

―具体的には、どのようなデザインのポイントがありますか?


橋田:まずは全体のフォルムを一体感のある形にしました。従来品ではヒンジが外に出ていたり、排水管がコブのようになっていたりしていましたが、これらのパーツを便器全体になじませるように、ヒンジを便座で覆い、あえてコブの部分を大きく広げることで、ドーナツのようなスムーズなデザインに仕上げました。また、便座に傾斜をつけることで、排便しやすい前傾姿勢になるように、圧力を検知できる坐圧シートを使って排便時にどこに加圧するか調査して、最適な角度を割り出しました。

名称未設定 2子どもが自然と排便しやすい姿勢を取れるように、便座の形状をデザインしている。
シンプルな形状ながら、流しやすいレバーや掃除しやすい形が意識されている。


 

 

―衛生面への関心が高まっている昨今では、清潔さも感性の大きな要素になっていると感じますが、その点についてはいかがでしょうか。


橋田:トイレは衛生設備なので、清潔面は最も重要です。

実はこの便座はワンタッチで外して掃除ができるようになっていて、清掃性にも配慮しています。他には細かいところですが、ヒンジや配水管を便器の中に隠して凹凸をなくしているので、貯まったホコリが衣類に付着することもほとんどありません。

それと、便器は白い陶器でできていますが、便座は樹脂で作るので、陶器の質感にぴったり合わせた樹脂を採用しました。つるんと白く一体感のあるデザインは、見た目にも清潔感を感じられます。

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―色や形の視覚的なデザインだけでなく、使い手の行動や気持ちを考えた小さな配慮の積み重ねが、気持ちよく使えるトイレをつくっているのですね


 

 

 

子どもたちと自然をもっと身近に


 

―さて、話は変わりますが、今後デザイナーとして挑戦してみたいことはありますか?


橋田:私は長年、人工物のデザインに携わってきましたが、最近は自然環境を身近に感じさせる助けになるプロダクトを考えたいと思っています。SDGsで言われている持続可能な開発、地球環境保護や差別のない社会を目指すデザインをしていければと思っています。

それと、屋外遊具にも興味がありますね。水回り設備のデザインを手がけてきたので、遊具のような足洗い場や手洗い場など自由な発想で作り上げてみたいです。

 

 

―橋田さんの今後のデザインが楽しみで待ち遠しいです。最後に、今後PLAY DESIGN LABで探索して欲しいテーマなどはありますか?


橋田:そうですね、先ほどの話ともつながりますが、これからは自然とあそびを融合した環境づくりに期待しています。動物や植物など自然のものは、成り立ちが理にかなっていて無駄がありません。人工物も美しく作られていますが、より根源的な美しさを持つ動植物に子どもの頃から触れることで、感性がどんどん育っていくだろうと考えています。

また、自然を活かして遊べる環境を提供した上で、その体験が子どもたちの将来にどう影響するのか、長期的に観察すると面白いと思います。もし学びの興味や職業選択、嗜好性など、将来に影響することが分かれば、より積極的な環境づくりができそうですね。

 

 

 

・エモーショナルデザインについてもっと知りたい方は

参考書籍:「エモーショナルデザインの実践: 感性とものをつなぐプロダクトデザインの考えかた」2020年、橋田 規子 (著)