PLAY DESIGN LABが新たにスタートさせたPLAY & ARTプロジェクト。あそびとアートを結びつけることで、子どもたちの可能性を広げることを目指している。第一弾は、コンセプチュアルアーティストの旗手であるローレンス・ウィナーとコラボレーションし、アートを取り入れた遊具を生み出した。そこで今回は、ローレンス・ウィナーをよく知る現代美術画廊の那須太郎さんに、アートの可能性やあそびの価値について話を伺った。
那須太郎さん (Photo: Takashi Homma)
アイディアこそがアートの本質
―PLAY & ART(P&A)プロジェクトの第一弾は、コンセプチュアル・アーティストであるローレンス・ウィナー氏が「あそび」に対して取り組んでいます。数あるアートの中でも、コンセプチュアルアートとは一体どのようなものなのでしょうか。
那須:コンセプチュアルアートとは、1960年代に起こった芸術運動のことで、狭義と広義で定義されるアートの範疇は異なりますが、私個人としては、現代美術はすべてコンセプチュアルアートと言っても過言ではないと考えています。
かみ砕いて説明するならば、実体として存在する作品そのものよりも、そこに込められた概念やアイディアをより重要視する。いわば、概念こそが作品の本質であり、それが守られている限りは、アーティストが誰かに制作を発注したとしても、作品として成立するという考え方です。
それまでのアートでは、例えば絵画や彫刻でも、一定のフォーマットが存在していました。「絵画とはキャンバスに絵の具で描くもの」「彫刻とは石や木を彫って作るもの」といった、こうあるべきという形ですね。これこそがアートであり、逆にそれ以外のものはアートではないという考え方だったのです。
しかしコンセプチュアルアートにおいては、形として完成した実体よりも、「アーティストがそれをなぜ作ったのか」「制作の裏にあるコンセプトは何なのか」という部分にこそ価値があり、それこそがアートの本質であると考えます。
見方によっては一種の制約にもなっていたアートのフォーマットが取り払われることで、アーティストはより自由に表現を行うことが可能になりました。アーティスト本人が自らの手で制作しなくとも、概念を生み出すことさえできれば、それも立派なアートと言えるのです。
―作品そのものではなく、その裏側にある概念こそを評価するのがコンセプチュアルアートなのですね。今回のプロジェクトでコラボレーションさせていただいたローレンス・ウィナーとは、どのような人物なのでしょうか?
ローレンス・ウィナー/Lawrence Weiner, 2019(Photo: María Sprowls , Courtesy: Moved Pictures Archive)
那須:ローレンス・ウィナーは、ニューヨークを拠点に活動をしているコンセプチュアル・アーティストです。彼は1960年代から一貫して、言葉・言語を使ったアートの制作に取り組んでおり、言語で作った自分の作品のことをスカルプチャー(彫刻)と呼んでいます。
本プロジェクトでは、ローレンス・ウィナーが「あそび」をベースにして言語を選び、作品を生み出しました。先ほどのコンセプチュアルアートの説明に基づくならば、その作品の裏側にはどのような想いやアイディアが込められているのかを考え、想像してみるのも楽しいかもしれませんね。
―ローレンス・ウィナーといえば、法律用語を使って自身の芸術の意図を綴った宣言文が有名です。この作品について教えていただけますか?
ニューヨークの美術館 Dia: Beaconに展示されている作品
Lawrence Weiner/ Statement of Intent, 1969
installation view DIA Beacon (photo: Bill Jacobson Studio, New York)
© 2020 Lawrence Weiner / ARS, New York / Jaspar, Tokyo
那須:この作品は、現在ニューヨークのDia: Beaconという美術館のエントランスに展示されています。1960年代の作品ですが、今なおその意味については議論され続けている、コンセプチュアルアートの歴史の中でも象徴的な作品と言えるでしょう。
そこに書かれた言葉を読むと、コンセプチュアルアートとは何なのか、この作品がコンセプチュアルアートはどういう条件の下で成り立つのかを説明していると解釈できます。ある意味、コンセプチュアルアートについての説明書きのようなものですね。アートの本質はアイディアや概念であり、それ以外のことはアーティスト自身の手が触れずとも、作品として成立することを伝えているのです。
アートには人を変化させる力がある
―ローレンス・ウィナーの作品は、子どもたちが日常的にアートに触れて、どのように感じるのかも未知数です。那須さんとして、今回のP&Aプロジェクトに期待することを教えてください。
那須:画廊の運営や国際芸術展のディレクターという活動を通して「アートは社会でどのような役割を果たせるか」ということをいつも気にしています。なぜなら、アートには人を変える力があると思うからです。
P&Aプロジェクトでは、アートが子どもたちにどういう影響を与え得るのかという検証ができるはずです。実は、このテーマは私が一番やりたかったことなんですよ。ハーバート・リードというイギリスの美術批評家は、かつて「芸術教育は人間形成の基盤。だからこそ、幼少期の芸術教育が必要だ」と語りました。つまり、子どもの頃にどのようなアートに触れてきたかが、大人になってからの人間形成に影響するということです。この考えには私も共感していて、P&Aプロジェクトは子どもたちにとって、とても良い影響を与えられるのではと思っています。
―芸術は子どもの成長過程に影響を与える可能性があるのですね。
那須:そうなんです。
日本が生んだ偉大なコンセプチュアル・アーティスト河原温は、自らの作品を幼稚園に展示する”Pure Consciousness”というプロジェクトを行いました。展示される作品は、パネルに日付を描いた「Date Painting(日付絵画)」というもので、世界的にも高く評価されている作品です。
そのプロジェクトでは、子どもたちは事前に何の説明も受けることなく、ある日突然、彼らの日常に入り込んできたアート作品と生活するという状況に置かれます。その作品を見て感想を言う子どももいるし、特にコメントしない子もいる。反応は様々ですが、無意識にアートと触れ合うことで、子どもたちの心の中に何らかの変化を起こすのではないかと河原は考えました。
ローレンス・ウィナーの遊具の場合も、子どもたちが「アートだ」と感じるかどうかが重要なのではなく、日常的にアートに触れることで彼らの中に変化が起きていくことにこそ意義があります。美術の授業で説明を受けたり、美術館でかしこまって鑑賞したりするだけでなく、日々アートに触れられる環境を作るのが一番理想的な芸術教育だからです。
遊具に表現されたローレンス・ウィナーの作品 (Photo: Takashi Homma)
あそびの価値は心を寛容にすること
ローレンス・ウィナーは、作品の制作にあたり、“あそび”についてこんなメッセージを寄せてくれました。
IT IS DIFFICULT TO DEFINE THE WORD “PLAY”, BECAUSE “PLAY” IS VERY ALIKE THE WORD “FREEDOM” AND IT IS ALSO DIFFICULT TO DEFINE “FREEDOM”.
PLAY IS THE MOST COMPLICATED THING IN THE WORLD BECAUSE IT IS LIKE FREEDOM AND NO ONE KNOWS WHAT FREEDOM REALLY MEANS & PEOPLE TURN IT INTO A GAME.
IN PLAY YOU CAN WIN OR LOSE BUT FREEDOM YOU CAN JUST HAVE. (Lawrence Weiner)
“あそび”という言葉を定義するのは難しい。なぜならば、“あそび”という言葉は“自由”という言葉に似ていて、“自由”という言葉も定義するのが難しいからだ。
あそびは世界でもっとも複雑なものだ。なぜならば、あそびは自由に似ていて、誰も自由の本当の意味を知らないし、人々は自由をゲームにしてしまう。
あそびでは勝ち負けがあるが、自由は手に入れるものである。 (ローレンス・ウィナー)
「あそび」をテーマにして制作された、ローレンス・ウィナーの作品
―ローレンス・ウィナーの考える「あそび」についてのメッセージは本質を捉えていると思います。那須さんは「あそび」の価値についてどのように感じていますか?
那須:哲学者のカントは「目は知識を求め、心は理性を求める」という趣旨の言葉を残しています。ここでいう「理性」が、既成概念や因襲の足かせから解き放たれた近代人の認識の状態だとすれば、それは「自由」という言葉に置き換えることもできるかもしれません。その意味において、ローレンス・ウィナーの「自由=あそび」は、このカントの「理性」に非常に近しいものだと僕は考えています。
視覚情報は、目にしたものという前提のうえに解釈されます。しかし、心の中で考えることには前提条件がありません。だからこそ自由度が高く、想像力次第でいくらでもあそべるんです。
でも、大人になるにつれて既成概念や先入観といった思い込み要因は大きくなっていき、自分の世界というものが固まりがちです。すると、その世界から外れるものや自分には分からないもの、自分とは違うものに、ある種の拒否反応が生まれてしまいます。実際、現代美術を観賞しても自分には分からないと切り捨ててしまう大人は多いです。
でも、「分からない」と感じることこそがすごく大事なのではないでしょうか。分かるということは既に知っていることで、分からないことは自分が知らないこと。自分の知らないこと、自分とは違うものを受け入れて、心を解放することこそが、心の「自由=あそび」につながるんです。だからこそ、コンセプチュアルアートは大人にとってのあそびになり得るものだと思います。
―確かに、コンセプチュアルアートに触れると視野が広がる気がします。
那須:国籍も人種も文化的バックグラウンドも異なるアーティストの作品を、すぐに理解して受け入れるのは難しいかもしれません。でもそれは、自分とは全く異なる他者を受け入れる、つまり自分の視界を広げる訓練にもなります。
少し話は広がりますが、今世界中で起きている様々な問題は、他者に対する不寛容さが原因となっています。コンセプチュアルアートに触れることで心の寛容さを広げることができれば、世界はもう少し良い場所になっていくのではないでしょうか。アートには、そういった社会的役割もあるのかもしれません。
誰でもアートに触れられるしかけづくり
―アートの可能性に期待が高まります。最後に、P&Aプロジェクトに期待することをお聞かせください。
那須:子どもたちがアートに触れられる環境を提供できれば、それだけで十分すぎるくらいです。その環境ができさえすれば、自然と子どもたちに良い影響を与えられるはずだからです。どのような効果が表れていくのか、今からとても楽しみです。
一方、大人とアートの関係は難しいですね。アートなんて観たくないというのも自由ですが、本当に好きではないのか、あるいは知らないから好きではないのかは別問題です。でも、「いい展覧会をやっているから行ってみて」と言っても、中々にハードルが高いのも事実です。
その課題を解決するためのひとつのアイデアですが、例えばアートをデリバリーすればいいかもしれないと考えています。ローレンス・ウィナーは「アートは情報だ」と言っていますが、情報なのであればもっと多くの人に届けたいし、届けなければなりません。なので、美術館や展覧会に足を運ばない人たちに届くところまでアートを持っていく「しかけ」を考えていきたいんです。
今回のP&Aプロジェクトは幼稚園や保育所といった幼保施設を舞台にしていますが、一般の公園や街中にもアートの遊具やオブジェがあれば、誰でも気軽に作品に触れることができますよね。今後、そういった舞台が広がっていくことにも期待しています。
遊具を製作しているジャクエツの本社工場やトラックにも、ローレンス・ウィナーの作品が表現されている (Photo: Takashi Homma)