為末 大氏に訊く、遊具を使ったあそびの可能性

June 21st, 2021
為末 大
Deportare Partners代表 / 元陸上選手
子どものあそびを取り巻く環境は日々変わりつつある。そんな新時代のあそびの価値をテーマに、様々な遊具が開発されている。

これからの遊具とあそびについて、男子400mハードル日本記録保持者で、現在はスポーツ指導者として活躍している為末 大氏に、遊具の実際のパーツや模型を見ながらお話をうかがった。為末氏は、スポーツと教育の視点から、子どもたちの学びについての助言や指導も行っている。

 

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右:為末 大氏

左:(株)ジャクエツ開発ディレクター藤井康介氏/中央:(株)ジャクエツ遊具設計士 本荘栄司氏

 

 

藤井:為末さんには、以前にも一度、開発している遊具のデザインを見ていただいたことがあって、そのときに「あそびの余白」というお話をしていただきました。今開発中の遊具には、決まったあそび方はなく、子どもたち自身があそび方を見出していくことを要素としています。

 

為末:入口も出口もない遊具ですよね。そういう時、子どもは最初どこから入っていくんでしょう。

 

藤井:全方位から入ると思います。子どもは年齢によって目線が違うので、それぞれの出入口があると思います。従来の総合遊具はデッキがあって、滑り台が出口になっているというイメージですが、今開発中の遊具にはそのどちらもありません。下りていける「パイプ」はありますが、子どもによっては登り口にも見えるでしょうし、ぶら下がることもできるでしょう。あそび方を固定するものはなく、何に見立てるかもその子次第です。

 

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(写真:日本デザインセンター)


 

 

トレーニングとプレイのバランス


藤井:いまは遊具に求められるあそびも変化しています。外あそびもなかなかできないので、遊具の中でいかに子どもたちがこれまでの遊具とは異なる動きをしてくれるか、を考えて開発しています。為末さんは、遊具のどのような経験が子どもたちの成長につながるとお考えですか?

 

為末:スポーツの世界では、「トレーニング」と「プレイ」の違いがさまざまなところで出てきます。「トレーニング」では例えば100mでこんなタイムを出したいという目標を持った時、それを要素分解して必要な動きを何度も反復して体に覚えさせます。教育もそうですよね。社会に出たときに必要になることから逆算して、国語、数学、理科、社会、英語に分解して学ぶというのが基本的な考え方です。ですから、トレーニングには、未来は予測できるという大前提があります。スポーツは100年ぐらいルールが変わっていないので、それが可能です。一方で「プレイ」はというと、今目の前にある条件の中で自分が思いついたことをやっていく。そもそもこんな方向に向かいたいというのがある場合も、やっていくうちに浮かんでくる場合もありますが、ともかくやりながら都度修正して目標に近づいていくというものです。未来はどうなるかわからないという前提に立っています。

遊具には、この動きをさせるためにデザインされたトレーニング的なものと、その中でどう動くかを子どもたちが決めていくプレイ的なものがあるのではないでしょうか。デザインすればするほど、ある動きに誘導するトレーニング的な遊具になっていくでしょうし、プレイに寄せすぎるとあまりにも範囲が広すぎて、何をやっていいかわからない、となるおそれがある。創造性を刺激しつつも子どもたちの動きを定義しすぎず、制約と目的のなさをほどよいバランスでデザインする必要があるのではないかと考えます。そのバランスが難しそうですが、先日見せていただいた遊具ではプレイに寄せて、どんな風にも遊べる「余白」を子どもたちに渡しているように思いました。

 

本荘:設計では、スタートとゴールがはっきりしているものにはない面白さについて、初期の段階から話していました。

 

為末:実は、この数十年、スポーツもそのような流れにあります。もともとオリンピックの競技種目だった陸上や体操、水泳は、器具もルールも固定された競技です。しかし、昨今、仲間入りしたサーフィンやボルダリングは、その日その瞬間に条件が変わる競技です。例えばサーフィンは、ある波で反復練習したとしても、試合の日の波に臨機応変に対応しなければならず、要するにそれは、自然環境での動物的な動きに近い。そうした競技がオリンピック入りしたというのは大きな変化で、どの競技会でもルールやフィールドが自明なスポーツからその日その瞬間まで何が出るかわからないスポーツへという流れによって、トレーニングの仕方も発想が変わってきているんです。

 

 

あそびがもたらす学びとは?


藤井:為末さんは、以前、「子どもには、連続した動きや連動した動きが大事」とお話されていました。例えば、跨ぎながら、頭を打たないようにかがんでロープを掴む、というような。この連動する動きは、なぜ重要なのでしょうか。

 

為末:運動が上手というのは簡単にいうと体を連動させることが上手いんですね。実は連動させることは誰しもが習得できることで、例えば字を書くことはほとんどの人が難なくできますが、とても細かな上半身の連動が必要になります。これと同じようにスポーツはやろうと思う目的に対して全身を連動させているわけです。ただ、スポーツは体全体を使っていろんなことをやるためにいろんな動きを繰り返さないとなかなか全身の連動がうまくなってくれないんですね。その中でも特に難しいのが「体性感覚」です。自分の体が空間のどの位置にあるか把握する能力です。空中で逆さになったりするときに使われているものですね。

 

本荘:体操などで使われるものですか?

 

為末:まさにそうです。そしてこの体性感覚は、早いうちに鍛えなければ得ることができず、日常動作にはなかなかない動きなんです。逆さになったりは日常でなかなかやらないですよね。だけど、この感覚は多くのスポーツでは重要なものなので、旧共産圏の国では、最初に体操をやらせるという文化がありました。それを獲得した後は他のスポーツでも応用しやすいからです。
連動ということで言えばもう一つ、変化する環境に対応することも大事です。例えば野球をやっている子が素振りを繰り返して完璧なバッティングを手に入れたとしても、ヒットをたくさん打つことは難しいです。反復すれば決まった動きはできるようになるのですが、大事なことはピッチャーが変化させてくる球に対応することだからです。スポーツはある程度までは予測できるのだけれど、それでも限界があってその場で変わっていく環境に対し臨機応変に対応しなければならなんですね。ある形を覚えさせていくんだけれど、覚えさせすぎてそれしかできなくなってしまうといいパフォーマンスはできないんです。これは言い換えると、目的に対し対応し過ぎてしまうと急に変化することに対応できなくなってしまうということです。これとは逆に、次に何が起こるかわからない世界があそびの世界です。そもそも自分が今からやることでどんな結果になるかすら予測していないこともあるわけですから、やってみて驚いて、驚いてはやってみるというのがあそびではないでしょうか。

 

こういった変化に対応する力は、ルールやフィールドが決まっている世界ではなかなか身につかないことだと思います。教育は、どうしても目的を持つようなところがありますが、未来を予測して必要であろうと思うスキルを習い事で埋めていくようなやり方だとどんどんこの変化に対応する力がなくなっていきます。かと言って未来は予測できるかというと大人でも実はほとんどわかっていませんよね。だから、未来の準備をするのではなくて、どんな未来になったって対応する力を発揮する人を育てることが大事なのではないかと思います。この変化に対応していく力が「生きる力」ということなのではないかと思います。

 

藤井:そこが日々のあそびで鍛えられるということですね。

 

為末:そうです。そこにはリスクをとったり、やったことのないことをやってみたり、あるいは、やってみて起きたできごとを自分の中で内省したりと、さまざまな要素があります。その一連のサイクルが入っているのがあそびではないでしょうか。

 

藤井:そのような能力が私たちの開発した遊具で養われるのであれば、嬉しいですね。いまとてもテンションが上がりました。

 

 

自然界からインスパイアされるもの


本荘:僕は遊具を開発する時に、“自然”というものを大事にしています。これまで人類が生きてきたのは自然の中です。ですから、自然に対応し、サバイブする力というのを遊具の形につなげたいと考えていました。子どものころ都会に住んでいたので、夏休みに海や川に行く事が楽しくて、何もないところで夢中になってあそんでいたんです。子どもたちにも、そんなあそびを体験してもらえるといいと思っています。

 

為末:よく、人工物と自然は対立するものとして語られますが、私たちにとっての発展というのは、完全な自然の中だけにあるのではなくて、つくり出した道具も含めて自然の一部と見ることができるのではないかという気がしています。ですから自然界にインスパイアされて人間がデザインするというのがとても大事で、そうでなければ「街を壊して森をつくれ」みたいな話になっていく。たとえそれをしても、実際の森で生きていくわけもないのに、です。これから先は、「自然」と「人のデザイン」とのバランスを学んでいくべきではないでしょうか。

 

スポーツも超人工的な世界です。やりようによっては「人間がつくった人間らしい環境」になりそうですが、少し油断をするととても人工的になっていきます。全てのデータを測定して、「こういう選手になるには?」を要素分解し、この順番でやっていくのだという、まるでロボットを作るみたいに。でも、それでは違う環境では何もできない人になってしまいます。

 

藤井:最後に、遊具に求められる要素とは何でしょうか?

 

為末:やはり、目的的になりすぎず、しかし無目的なものにもなりすぎない、その難しいバランスではないでしょうか。遊具の一番大切な役割は、あそびを誘発する環境であることだと思います。あそびたいという気持ちが掻き立てられて、実際に遊んでみて、それで創造性が刺激される。自分だけの視点をもち、こうすると自分もみんなも面白くなるんじゃないかと思うことをやってみる。うまくできたとか、うまくできなかったとかを感じ取って、また次のアイデアを試してみる。そんなサイクルが始まることで想像力が掻き立てられて、創造的になっていくのだと思います。遊具には、まだ真っ白に近い子どもたちのそんな創造性を引き出す装置であってほしいと思います。

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