白い浴槽の中に、様々な映像が映し出される「OFURO」。中に入ってもよし、上からのぞき込んでもよしという全く新しい遊具だ。時間とともに移り変わる映像と音に、子どもたちは夢中になって目を凝らす。そんな「OFURO」はどのような思いを込めてデザインされたのだろうか。今回は、デザイナーの佐藤卓氏に「OFURO」の開発経緯やあそびのイメージ、映像を組み合わせたあそびの可能性についてお話を伺った。
グラフィックデザイナー 佐藤 卓氏
映像で広がるあそびの可能性
―映像とお風呂を組み合わせた遊具「OFURO」はどのような経緯で生まれたのですか?
佐藤:以前に、富山県美術館に設置する遊具をデザインしたことをきっかけに、新しい遊具デザインの依頼を受けたのですが、その時にまず思いついたアイディアが土管だったんです。小さい頃、工事現場の広場にたくさんあった巨大な土管は子どもたちの格好のあそび場で、そういったものは子どもたちにとって自然と導かれる魅力があると思って。しかし、安全性などの問題で実現するのが難しかったので、次に池をモチーフとした遊具を考えました。FRPで作った石を池の囲いのように並べて、上からプロジェクターで池の中に映像を映し出すというものです。鯉が泳いでいたり、怪獣が底から飛び出したり、あぶくが浮かび上がったり、波紋が広がったり…。残念ながらこのアイディアは、プロジェクターの高さと池の大きさ、部屋の暗さが細かく規定されてしまうので、様々な場面を想定する設置が難しく、実現には至りませんでした。でも池の中を一つの映像メディアにして、その中で色んな事が起きる。そこで子どもたちが遊ぶ、というアイディアが「OFURO」の原点になりました。
OFUROが出来るまでのアイデアの数々
―「OFURO」の開発に至るまでに、様々なアイディアが出ていたのですね。なぜ映像と遊具を組み合わせようと思われたのでしょうか。
佐藤:映像と遊具を組み合わせるというアイディアは、NHK教育テレビ(Eテレ)の「デザインあ」で映像クリエイターとのつながりがあったことからですね。近年のグラフィックやCGは非常にクオリティが高いにも関わらず、映像と組み合わせた遊具は一般的ではなかったので、面白くなりそうだと思いました。
―そして「OFURO」につながるのですね。
佐藤:池のように上から映像をのぞき込むというアイディアからお風呂のモチーフを発想しました。子どもの頃に親と一緒にお風呂に入って、のぼせるまでおもちゃで遊んだ記憶を振り返ると、お風呂は一つのあそび場なのだろうと。また、映像を映し出すモニターの厚みを違和感なく一体化し、物理的に隠すことができるという点でも最適でした。
―映像をのぞき込むというのは今までにないアイディアですよね。
佐藤:のぞき込んで見るという行為は、意外と当たり前にされることなんです。昔だったら井戸、今だったら味噌汁、コーヒーなど液面をのぞき込んで見る時、「その中はどうなっているんだろう」とイマジネーションを働かせて想像します。こういう行為がお風呂にも重なったんです。
OFUROの世界をのぞき込む子どもたち
日本や地域の文化も発信できる遊具
―「OFURO」とはどのような遊具なのでしょうか。
佐藤:FRPで作った浴槽の底に、映像を映し出すモニターが組み込まれています。浴槽の中には湯口を模したスピーカーがあり、中に入ると音の反響や振動を楽しむことができます。また、浴槽の周りには木製の“すのこ”のような架台があり、木のぬくもりを感じながら遊べる空間としました。子どもは遊び道具に対して容赦がなく、壊してしまうこともしばしばあります。モニターの上に子どもが乗っても割れたり壊れたりしないよう、安全性の課題は一つひとつ慎重にクリアしました。
―FRPと木製の“すのこ”という異質な組み合わせが面白いと感じました。
佐藤:昔のお風呂には“すのこ”が必ずありましたし、今でも温泉などは木が当たり前に使用されています。強度的に使い勝手のいいFRPのツルっとした質感を活かすためにも、そして遊具の日本らしさを表現するためにも、“すのこ”は最適だったんです。木の遊具は安全性を考慮した加工が必要ですが、そこは製造するジャクエツの経験とノウハウを信頼していたので問題ないと考えました。
―今までにない遊具の「OFURO」ですが、どのような空間で遊ぶイメージを持たれていますか?
佐藤:電子デバイスを使用しているので、屋根のある空間に設置することが前提にはなりますが、逆に屋根のある空間であればどんな場所でもイメージできますね。一般家庭のお風呂は狭い空間ですし、温泉などは広々とした空間なので、イメージを固定する必要はありません。でも、例えば空港のトランジットエリアなど、天井が高く広々とした空間などはマッチしそうですね。実際に裸になって入る訳ではないので、色々な国の子どもたちが集ってコミュニケーションをとるようなイメージです。お風呂という日本らしい文化と木のぬくもりは、海外への文化的アピールにもつながるかもしれません。
―映像や木材を地域のものに変えることで、町おこしとしても使えそうですね。
佐藤:それは面白いアイディアです!どんな色の木でも白い浴槽にはマッチしますし、映像もカスタマイズすることはできます。映像メディアがなければ遊具をカスタマイズするというのは難しいので、遊具の可能性が広がりそうですね。子どもたちが浴槽を覗いていると、周りの子どもも大人も「何があるの?」とのぞき込みたくなる心理が働きます。「OFURO」は遊び場としてだけでなく、一つの告知メディアとしても活用できそうです。
未完成な遊具が子どもの発想を無限大にする
―「OFURO」には文字と図形の映像コンテンツが取り入れられていますね。
佐藤:「デザインあ」で一緒に制作している映像クリエイターの柴田大平さんなら面白い映像コンテンツを考えてくれると思い、アイディアを出してもらいました。文字のオノマトペや色、丸といった図形にフォーカスを当て、学びとしても役立つ内容になっています。リズミカルな音と映像の気持ちいい関係というのはあって、それがよく表現できた映像になっているのではないでしょうか。子どもたちにとって遊びと学びの境目はありません。柴田さんの映像を見て、遊びと学びの楽しさを感じることができました。算数の公式を学べる映像など、今後も色々なことにチャレンジできそうです。
OFUROの中では文字や図形、リズミカルな音と映像が絶え間なく流れている
―今後、遊びはどのように変わっていくと思いますか?
佐藤:動きに合わせて映像が変化するメディアアートはもはや当たり前となっています。電子デバイスが安定してくると、子どもたちの動きに反応するインタラクティブな遊具が可能になってくるでしょう。今後、そういった遊具を使った遊びが普及することで、子どもたちの遊びの可能性はさらに広がっていくと思います。
―身体を動かすことにフォーカスを当てた遊具は多くありますが、「OFURO」のように映像を楽しむ遊具は、また新しい影響を子どもたちに与えてくれそうですね。
佐藤:子どもの感性や認知能力を養う新しい遊具になるでしょう。「OFURO」の構造はいたってシンプルで、浴槽の中に映像が映し出されているというものです。でも、子どもの遊具はシンプルなことが何よりも重要です。シンプルな方が子どもたちは自分で遊びを発見できますから。今は答えが用意されているもので遊ぶ機会が増えていますが、子どもたちは棒一本で無限の遊びを生み出す力を持っています。安全であることは大前提ですが、あえて完成させず、用意しすぎない遊具を開拓していくことで、遊びの可能性がますます広がっていくのではないでしょうか。
OFUROと佐藤卓氏