「AIに負けない力を育む保育~遊びを通してアクティブ・ラーニングが起こる~」子ども中心の保育のあり方

October 25th, 2021
内田 伸子
お茶の水大学 名誉教授 / 環太平洋大学 教授
 

2021年8月18日にオンラインで開催された「ジャクエツ次世代園経営者セミナー」。幼稚園・保育園の経営者としての真髄を掴み、情報を共有し、学び合う場となることを期待して、2016年から毎年開催されているイベントだ。

 

今回は、発達心理学の専門家でお茶の水女子大学名誉教授である内田信子さんに、「AIに負けない力を育む保育~遊びを通してアクティブ・ラーニング(脳働楽習)が起こる~」というテーマで講演を行っていただいた。その内容をダイジェストでレポートする。

 

 

子ども一人ひとりの気質や個性を尊重して


 

第二次世界大戦のユダヤ人強制収容所での厳しい環境を克明に記した『夜と霧』。この本によると、極限状態の中でも生き延びた人々は「厳しい現実から逃れる精神、想像力によって生きる力が与えられた」とされている。内田さんはこの思想に共感し、想像力を養うことこそが生きる上で重要になると考えたという。

 

さて、想像力はいつ頃から私たちの心の中で働き始めるのだろうか。脳科学では、記憶をつかさどる大脳辺縁系の「海馬」と快・不快感情をつかさどる「偏桃体」が発達する、生後10か月頃から想像力が誕生するそうだ。積み木を車に見立てて遊んだり、お母さんのマネをしてお化粧あそびをしたりという行動は、記憶と想像力が働くからこそできるようになるのだ。この現象は「第一次認知革命」と呼ばれる。

 

内田さんは、第一次認知革命を迎えた生後10か月の赤ちゃんと保護者100人を対象にある実験を行った。赤ちゃんに犬のロボット「aibo」をみせた時、どのような反応をするかという実験だ。初めて見るaiboの姿に、赤ちゃんたちはびっくり仰天。62名の赤ちゃんは保護者の顔をじっと見上げ、38名の赤ちゃんは保護者ではなくaiboの姿を不思議そうに眺めていた。1歳半になった時に同じ実験をしたところ、全ての赤ちゃんが前回と全く同じ反応を示したという。

 

1歳半での実験翌日から1か月間、赤ちゃんがどのような場面でどのような発語をしたかというデータを収集した。保護者の顔を見上げた62名は「おいしいね」「きれいね」といった感情表現語を多用していた。一方、aiboを観察していた38名は「動いた」「ブーブー(車)」といった動詞や名詞を多用。前者は人間関係に敏感な気質を持っており、後者はモノの動きや成り立ちに敏感な気質があると内田さんは推測した。

 

さらに3年間100名の赤ちゃんを追跡したところ、62名はおままごとや生活絵本といった物語型のあそびを好んでいることが分かり、38名は砂場あそびや図鑑絵本といった図鑑型のあそびを好んでいることが判明した。62名のうち80%が女児で、38名のうち80%が男児であるが、どちらの気質にも少数派ながら男児・女児が存在する。このことから、内田さんは「個人差が大きい乳幼児期に保育する先生たちは、色んな気質や個性を持った子どもたちがいることを理解して接してほしい」と語る。

 

 

発達の段階は子どもそれぞれ、目に見えない力が育まれていることも


 

乳幼児から児童期の発達過程は順序が決まっているものの、発達にかかる時間は子どもによって大きく異なる。2歳までほとんど発話しなかった子どもが3歳になると急におしゃべりになることもあるし、1歳から流ちょうにおしゃべりする子どももいる。階段を上る順番は同じだが、その階段の幅は人それぞれなのだ。

 

そして、ほとんどの発達はらせん状のように、進んだり停滞・後退したりしながら進んでいく。発達が停滞しているように見えてもそれが普通であるし、心や頭、身体など目に見える部分以外の成熟が進んでいるとも言える。内田さんは「発達が遅れている子どもに対し、目に見えない力が育っているという発想で向きあってほしい」と言う。

 

 

子どもに根拠を考えさせる対話を心がけよう


 

想像力を養うためには、その材料が必要だ。だからこそ、乳幼児期に五感を使った体験や疑似体験をたくさん経験させることが重要になる。想像と経験はイコールではないが、新しい経験が加わることで想像の材料が増えていき、創造の可能性が広がっていくのだ。

 

絵のカードを子どもに見せてそのストーリーを考えてもらう「おはなしあそび」は、年齢を重ねるほど経験が豊かになるため、語られるストーリーも年齢を重ねるにつれて想像力に満ちたものとなる。特に絵本の読み聞かせを積極的に行っている家庭の子どもは、起承転結がはっきりとして常套句・常套演出技法を用いた豊かなストーリーを語る傾向があるそうだ。

 

絵本の読み聞かせは、相手の話を聴く力も養うと内田さんは語る。ただ耳で話を聞く(hear)のではなく、相手の心を受け止めて共感し、思いやりを持って対話するための聴く(listen)ができるようになるためにも、赤ちゃんの時から大人が心を受け止めて対話してあげることが大事だと内田さん。結論先行因果律のインド・ヨーロッパ語系ではなく、時系列因果で対話を重視する日本語は、平和主義にもつながる「聴く力」を養う土壌が整っているとも言えるのだ。

 

一方、時系列因果の日本語は「〇〇だ。だから××になった」「〇〇だ。なのに××になった」という結論先行因果律やカットバック表現が苦手な傾向にあるという。この表現は小学校高学年頃から実施されるレポートや論文で使用するものであり、社会人になってからも頻繁に活用される。そのため、内田さんは熊本大学付属小学校の教諭と連携して「論理科」という言語技術の授業を開発。2020年から光村図書の国語の教科書に採用されている。

 

しかし、全ての学校で論理科の授業が実施される訳ではない。だからこそ、「幼稚園・保育園の先生や保護者は、幼児期の頃から根拠を考えさせる対話を心がけてほしい」と内田さんは語る。5歳頃から子どもは「なぜ?」「どうして?」という質問をよくするようになるが、その時に全て答えを教えるのではなく、「どうしてだろうね?」と子どもに考えさせる返答をする。すると子どもは一生懸命考えて対案を話すので、大人は「よく考えたね」と受け止めてほしいのだ。荒唐無稽な回答があったとしても、科学などを学べばいずれ正しい答えを理解することになるので、正しさよりも考える力を養うように対話するようにしてほしい。

 

 

AI時代を生き抜くために、子ども中心の保育を実践


 

実験の結果、語彙能力としつけのスタイルには相関関係があることが分かっている。テストで語彙得点が高い子どもは「共有型しつけ」を受けており、低い子どもは「強制型しつけ」を受けているのだ。

 

実験の内容はこうだ。高所得層かつ高学歴の専業主婦の60家庭で、ブロックパズルと絵本読み聞かせを行ってもらい、親子の会話を観察録画した。共有型しつけを行っている30家庭では、洗練コードという話し方が行われていた。「靴下履いたら?その方が足が冷えなくていいんじゃない?」というように、子どもに考える余地を与える表現をしていたのだ。子どもの状態を敏感に捉え、柔軟に働きかけを調整する。ほめて、はげまして、ひろげることで、主体的に探索し、自立的に考えて行動する力が養われていた。

 

一方、強制型しつけを行っている30家庭では、制限コードという話し方が行われていた。「靴下はきなさい」「靴下はかないとペケよ」と指示を出し、子どもに考える余地を与えていなかった。子どもに対して過度に介入し、ほめて、はげまして、ひろげることを一切しない。すると、主体的に探索せず、親の顔色をうかがいながら緊張して行動する子どもに育ってしまう。

 

子どもはあそびを通してアクティブ・ラーニングするものだ。幼児にとってのあそびは自発的な活動であり、頭がイキイキと働いている状態である。共有型しつけで子どもの主体性を育めば、あそびを通して自発的に学び、語彙や非認知能力を養っていく。子ども自身が考えて判断する余地を残してあげることで、自立的思考力と創造的想像力が育まれるのだ。

 

AIの技術が発達すると、暗記能力で対応できる仕事や単純作業の仕事はAIにとって代わられると予測されており、20年後には47%の仕事がAIに代わるとされている。AIに負けない力は、乳幼児期から児童期、青年期にかけての子育て・保育・教育で育まれると内田さんは語る。暗記能力重視の詰め込み教育ではなく、クリエイティビティやホスピタリティ、マネージメントスキルを養う教育こそが、AI時代を生き抜く力につながるのだ。

 

「子ども中心の保育であそびの環境を作り、子どもの主体的な学びをサポートするのが保育の仕事」という内田さんの講演は、これからの保育のあり方を考えるきっかけとなるだろう。