脳科学からみる、幸せとあそびの関係性/ 瀧 靖之教授

February 20th, 2025
瀧 靖之
東北大学加齢医学研究所教授 医師 医学博士

執筆/猪狩はな


 

16万人以上の脳画像データを読影、あるいは解析し、脳の発達から加齢までを研究する、脳科学の第一人者・瀧靖之さん。対面でのコミュニケーションがもたらす「感情の共有」や子どもの頃からの多様なあそび体験が、「主観的幸福感」の醸成に重要な役割を果たすという。人生100年時代に幸せな人生を送るために必要な要素を、最新の脳科学の知見から探る。

 

「主観的幸福感」が脳と身体にもたらす科学的効果


主観的幸福感とは、どのような概念なのでしょうか。
瀧:主観的幸福感が得られるということは「自分自身が幸福だと感じられる」ということです。周りの人がどう思うかではなく、あくまでも「自分がどう感じているか」が指標になります。主観的幸福感が高くなると、心身にもポジティブな影響が現れます。主観的幸福度が高い人はストレスレベルが低く保たれ、生活習慣病など、さまざまな病気になりにくくなり、認知症のリスクも低下すると言われています。つまり、健康に過ごせ、平均寿命も長くなることが分かっています。

そのためには、どのような習慣が効果的ですか。
瀧:「利己的な行為よりも利他的な行為を増やすこと」が、主観的幸福度を高める上で重要だといわれています。他者のために良いことをすると、自分自身も幸せを感じられます。日常生活の中に小さな利他的行為を取り入れることで、結果的に自分の主観的幸福感が高まっていくのです。「電車で席を譲る」といった小さな親切からでも構いません。

 

幸せを育む「対話」の力


-そのほかに、日常生活でも気軽にできる、主観的幸福度を高める方法はありますか。
瀧:何気ない「会話」が効果的だと考えられています。重要なのは、情報伝達よりも「気持ちの共有」です。例えば「今日こんなことがあって、すごく嫌だった」といった会話は、単なる出来事の報告ではなく、感情を分かち合う行為です。会話によって、主観的幸福度が高まるのは「自分の気持ちを相手が理解してくれたとき」「相手の気持ちを自分が理解できたとき」です。これを「共感性」といいます。共感性とは、相手の喜怒哀楽などの感情を自分のことのように理解できる能力のことです。

-最近ではリモートワークも増え、ビデオ通話やチャットでのやりとりも増えてきました。こうしたオンラインでのコミュニケーションについては、どのようにお考えでしょうか。
瀧:できれば対面で会話することが望ましいです。会話では、言葉そのものよりも、表情や仕草、声の抑揚といった「ノンバーバル(非言語)」な情報の方が圧倒的に多い。対面で話すことで豊かな情報のやりとりが可能になり、お互いの気持ちをより深く理解し合えます。コロナ禍で人々の主観的幸福感が下がった大きな要因のひとつが「雑談の減少」だったと言われています。メールやチャットでのやり取りは、どうしても情報伝達が中心になってしまいます。報告や連絡といった必要最低限のコミュニケーションは維持できても、何気ない雑談や相談の機会が激減したことで、主観的幸福感が下がってしまったのです。心身の健康のためにも、実際に会って話す機会もつくることが効果的だといえるでしょう。

 

リアルなコミュニケーションが育む共感性


-子ども同士にとってコミュニケーションはどのような意味をもつのでしょうか。
瀧:多様な人々との関わりは、共感性を高めることができます。たとえば保育園や幼稚園での集団生活を送ると、自然とコミュニケーションにおけるトライ&エラーが繰り返されます。「こういう言い方をしたら伝わるんだ」「人はこういう場面で怒るんだ」といった心の機微を学ぶことで、共感性が高まっていきます。共感性が高まることで、子どもたちの主観的幸福感も高まっていきます。

-共感性を高めるために、家庭で意識すべきことはありますか。
瀧:子どもとの食事回数を増やすことです。一緒に食事をする回数が増えるだけでも、子どもの共感性が高まるという研究結果が出ています。時間をつくるのが難しいご家庭もあるでしょうが、「食事」という必要不可欠な時間を、コミュニケーションの機会として活用できるといいですね。

-デジタル機器の普及により、子どものコミュニケーション環境も変化しています。子どものデジタル機器の利用についてどのようにお考えでしょうか。
瀧:これは私見になりますが、デジタル機器については慎重に考える必要があると考えています。スマホやタブレットと、そこにインストールされたアプリは、利用時間が長くなるように緻密に設計されていることも多いと考えられます。とくに子どもの場合は要注意です。自制心をコントロールする前頭前野は思春期まで発達途上なので、利用時間を自分でコントロールするのは難しいため、大人が利用時間をコントロールする必要があります。デジタル機器を利用した、AIリテラシーやプログラミング学習は確かに重要ですが、会話やあそび、睡眠、食事など、子どもの発達に必要不可欠な時間を削ってまで、デジタル機器に没頭させないようにしたいですね。

 



 

好奇心とあそびがもたらす、豊かな未来


-あそびが子どもの発達にもたらす効果にはどんなものがあるのか、知りたいです。
瀧:子どもたちが、好奇心をもって趣味やあそびに取り組む時間は「熱中のしかた」を学ぶ絶好の機会です。「これは得意だ!」「人よりもできる!」と実感することで主観的幸福感を高め、それが新たな挑戦への原動力にもなると考えています。子どもは本来、誰もが好奇心をもっています。大切なのは、その好奇心を呼び覚ますきっかけづくりです。「単純接触効果」という言葉があります。人は頻繁に接する対象に対して興味関心をもつ傾向があります。子どもは、昆虫や夜空の星など、身近な自然に興味をもっていきます。子どもの周りの環境づくりでも、遊具やおもちゃなども、自然からモチーフを得たものを意識的に置いてみる。そうすることで、子どもの興味が引き出されやすくなります。

 



 

-脳の発達と主観的幸福感が人生に与える影響について、お考えをお聞かせください。
瀧:脳科学の研究から見えてくるのは、人との温かいつながりや、あそびを通じたさまざまな体験が、主観的幸福感と深く結びついていることです。その過程で育まれる感性や好奇心は、生涯にわたって幸せな人生を送るための基礎となります。主観的幸福度の高さが脳の発達を促し、それが新たな好奇心や人とのつながりを生み、さらなる「幸福」へとつながっていく。この好循環を生み出すことが、豊かな未来につながるのではないでしょうか。

 

 

 
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