PLAYFULがもたらす相互生成的な学び/ 上田 信行氏

June 26th, 2025
上田 信行
ラーニング・アーティスト
文化史学者のヨハン・ホイジンガは、「あそび」が人類の文化形成に本質的な役割を果たし、人間を「ホモ・ルーデンス=あそぶ人」と定義しています。そこから、あそびは単なる娯楽ではなく、人類の創造力や社会の枠組みそのものを生み出す原動力であり、知的好奇心や探究心といった学びの欲求にも大きく影響を及ぼしていると考えられます。創造的な学びのプロセスはいかにして構築されていくのか。プレイフルラーニングをキーワードに、学習環境デザインとラーニングアートの先進的かつ独創的な学びの場づくりを数多く実施されている、同志社女子大学名誉教授の上田信行氏にお話を伺いました。

 

 

メディアと学びの意外な関係


上田先生が「学習環境デザイン」というテーマに関心を持ち、研究の道へと進まれたきっかけについてお聞かせください。

学生時代、テレビ制作に関わる仕事がしたいと思い始めたときに出会ったのが、『セサミストリート』でした。1960年代後半、アメリカで放送が開始された同番組は、エンターテインメントを通じて子どもたちに学びの場を提供する画期的なものでした。教育テレビという概念がまだ確立されていなかった当時、私はこれに興味を惹かれ、『セサミストリート』を研究しているアメリカの大学院で学ぶことになります。実際に番組の制作現場を見学すると、プロデューサーだけでなく、教育学者、パペットアーティスト、ミュージシャン、心理学者など、多様な分野の専門家が関わっていました。驚くべきは、教育効果を高めるために、視聴者である子どもたちの即時的な反応を細かく観察し、改善につなげていたことです。このような実験とフィードバックを繰り返しながら、学びの最適化を図っていくワークショップ的なアプローチを目の当たりにして、テレビが学習環境を変えることに大きな可能性を感じました。日本へ戻ってからも、NHKの『おかあさんといっしょ』の制作に関わりながら、学習環境のデザインを探究するようになりました。

 

メディアが教育に与える効果に大きな可能性を感じられたのですね。

コンピューターが世に出た時には、テレビを超える衝撃でした。従来のメディアは一方向的な情報の伝達のみでしたが、コンピューターによって、システム側とユーザー側、双方向を情報が行きかうようになりました。これは、メディアが単なる情報収集としてのツールを超えて、映像・音楽・アニメーションなど、創造的な表現の手段として新たな役割を果たすようになったことを意味します。たとえば、ギターがわずか3つのコード進行を覚えるだけで、誰でも弾き語りを楽しめるように、これ一つあれば誰もがクリエイターになれる「メディアを創り出すメディア」が登場したわけです。

何かを創り出す過程では必ず「試してみて、失敗して、修正する」という流れが発生します。たとえば、現在はプログラミング教育が重点的に取り組まれていますが、ここにも創造的な学びを生み出すための試行錯誤のプロセスが含まれています。MITメディアラボ(米国マサチューセッツ工科大学 建築・計画スクール内の研究所)のシーモア・パパートは、“LOGO”というプログラミング言語を開発し、子どもたちがプログラムをつくることで、自分の思考を形にしていくという学習方法を展開しました。プログラミングにおいては、「順番」「条件」「くり返し」といった基本ルールであるコードを組み合わせて、コンピューターへの命令を組み立てます。一度コードを書いただけで完了することはほぼなく、実際にはデバッグ(エラーを見つけて修正するプロセス)を繰り返しながら、動作を最適化していきます。この「試して、改善する」という行為こそが、学びを深める要素であり、知識を自ら構築する重要なステップなのです。

 


上田信行 氏

 


つくりながらまなぶ ―Learning by Making―


-「試行錯誤」という思考のプロセスは、具体的にはどのような学びにつながるのでしょうか。

従来の教育は、教師が生徒に知識を伝達することが主流でした。知識とは誰かの頭のなかに存在し、それをもつ者からもたない者へ分け与えられるものだと考えられていました。それに対し、プログラミングツールのようなインタラクティブなメディアにおいては、知識を単に受け取るのではなく、自らの手を動かし、試行錯誤しながら「構築(construct)」することで理解を深めていきます。子どもたちは「正解を暗記する」のではなく、試しながら自分なりの解決策を生み出すことができるのです。このように、知識とは他者から与えられるのではなく、自ら創造するものであるという考え方をコンストラクショニズム(constructionism)といいます。そして、「つくることによって学ぶ」というアプローチをコンストラクショニスト・ラーニング(構築主義的な学び)と呼びます。これは「Get(知識を得る) → Make(知識を作る)」への転換でもあります。知識を実際に創造することで、学びは単なる知識獲得からクリエイティブな活動へと変化していきます。学校教育だけでなく、正解がない時代と言われる今こそ、社会全体において、実際に手を動かしながら思考を深めていく環境づくりが求められているはずです。

 

-知識は受け取るものではなく、自ら創造していくものなのですね。学びを深めるための要因は、試行錯誤のプロセス以外にもあるのでしょうか。

『セサミストリート』の制作現場を見て、もうひとつ驚いた点がありました。それは、そこにいる制作スタッフたちがとても楽しそうに仕事をしていたことです。さまざまな専門分野の人々がワイワイと集まって協働的に活動し、いつも前向きに課題を解決しながら制作にあたっていました。「子どもたちを虜にする、おもしろい番組を創るんだ!」という熱気が満ち溢れ、自由闊達な雰囲気のなかでも真剣なものづくりが行われていました。仕事といえば、辛く、苦しいものだ、という先入観が一瞬にして打ち砕かれてしまいました。同時に、人が何かに夢中になり、能動的に他者や出来事と関わっていくプロセスこそが、学びではないかと考えるようになったのです。そして、学びをより深化していくのに必要なのが「楽しさ」と「他者の存在」です。誰かにお膳立てしてもらった楽しさではなく、自らが仲間と共に周りの環境を最大限に活用しながら本気で物事に取り組んでいるときの、あのワクワク・ドキドキ感が大切なのです。このような心の状態を私は「PLAYFUL(プレイフル)」と呼んでいます。

自分の行動によって引き起こされる予測不可能な変化に対して、「怖い」と感じるか、「楽しい」と感じるのか。もしかしたら「怖い」と答える人の方が多いのかもしれません。そこには、自分の能力や成長に対して抱いているイメージに大きな違いがあります。前者は、失敗したら自分には能力がないことを露呈するため、チャレンジを避けようとする自己防衛的な心。後者は、チャレンジすることが自ら成長できるいい機会(チャンス)だと考える冒険的な心。すなわち、防衛的か冒険的か!  PLAYFULな状態では、前者から後者へのマインドセットの転換が行われています。変化や挑戦こそが、自分の新たな可能性を見つけていく絶好のチャンスと捉え、難しい課題にもどうすれば解決できるか、「Super How」に焦点を当てて行動する。困難を乗り越えた先に歓びがあることを知っている人は、試行錯誤のプロセスを楽しみながら成長し続けていきます。子どもたちの学習環境においても、この試行錯誤をポジティブに受け止められる場が必要です。失敗を恐れるのではなく、むしろ「失敗こそが新たな学びにつながる」という文化をつくることが大切なのです。こうした環境を提供することで、子どもたちは柔軟に考え、未知の課題に対しても積極的に挑戦する姿勢を持つようになります。

 


体験の中から学びが生み出されていく

 


PLAYFULな環境設計


-PLAYFULなマインドセットを育むために、上田先生はさまざまな場所でワークショップを展開されていますね。

クリエイティブとは頭だけで考えるものではありません。実際に手を動かし、体験してみて、はじめて何かがわかる。やってみないと、本当の面白さも可能性も見えてこない。だからこそ、私は身体で感じるワークショップを大切にしています。そのなかで、環境や場の雰囲気、道具などの物理的な要素は、PLAYFULなマインドセットに大きな影響を与えていると感じています。原点となったのは、ボストンのチルドレンズ・ミュージアムです。ミュージアムといえば、お宝がガラスケースの中に入っていて、それを遠くから眺めるのがお決まりといったイメージですが、ここは違いました。展示物に触ってもいいし、それで遊んでもいい。「手を触れないでください」どころか、「どんどん触れて!(Hands-on!)」と、実際に触って体験することを奨励していたのです。ハンズオンによって展示と子どもたちの間にインタラクションが生まれ、あそびや実験を通して発見や学びが創出されていきます。環境こそが、子どもたちを生き生きと学ばせているということに気付きました。この経験をもとに、奈良県の吉野川のほとりに生成的な学びのプレイフル・フィールド『ネオミュージアム』をつくりました。展示物はありません。まず活動があって、それを楽しむ人がいて、そこから生まれるコミュニケーションを通して学ぶことができる場所です。そこを拠点にしながら、企業の研修プログラムやオフィス、大学のキャンパスなど、ワークショップを中心に、PLAYFULを社会のさまざまな場所にインストールしてきました。

 

-最近の活動で印象に残っているものはありますか。

2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のシグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」(テーマ事業プロデューサー:中島さち子氏)にて、5月24日に『Tinkerables』というワークショップを実施しました。「いじくりまわす」ことを英語で「Tinkering(ティンカリング)」といいます。この言葉にちなんで名付けたのが『Tinkerables』(いじくりまわせるもの)です。参加者たちはチームで「落書きマシーン(Scribbling Machines)」づくりに挑戦しました。モーター、電池、紙コップ、カラーペンなどを使って、自動的に線や点を描くアートマシーンを協働でつくるのです。プロトタイプが完成したら床に敷いた大きな紙の上にマシーンを解き放ちますが、最初からなかなかうまく動きません。動いてもすぐ壊れます。壊れたらすぐに修繕をして作り直す。この失敗と試行錯誤のくり返しがたまらなく楽しいのです。偶然の動きが生み出す線と点のインタラクションは、まるで一つのアート作品のようです。

このワークショップは、私たちの中に眠っている好奇心を、思いっきり「Unlock(解き放つ)」できる場になっていました。これまで私が取り組んできたチャレンジは、「学びの場をデザインする」ことではなく、人と環境が相互生成的に関わり合いながら、学びの場そのものが共に立ち上がっていくプロセスに寄り添うことでした。そして、その見事なまでの風景に驚きと歓びを感じてきました。「学びのありようを問い続けること」こそが、未来へとひらかれたラーニングアートの本質なのだと、いま改めて深く実感しています。

 


大阪・関西万博で開催されたワークショップ『Tinkerables』

 

 

 
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