地域で支える発達支援の輪目指すのは、インクルーシブな社会/中村敏也さんインタビュー

February 16th, 2026
中村 敏也
株式会社GENKI INNOVATION COMPANY 代表取締役
発達に支援が必要な子どもたちが増加する中、地域全体でどのような支援体制を構築すべきでしょうか。認可外保育室から始まり、現在では児童発達支援事業所、放課後等デイサービス、そして児童発達支援センターの運営まで手がける元気キッズグループ代表・中村敏也さんに、これからの発達支援のあり方についてうかがいました。

 

設立の原点は「みんなの幸せ」への想い


中村さんが福祉の道を歩むきっかけは、幼少期からの素朴な想いにありました。「小学校の頃、ベッドに入りながら『みんなが幸せになってほしい』と考えていました」と当時を振り返ります。

具体的な転機となったのは、いとこの待機児童問題でした。「御両親が一生懸命働いている姿を素敵だなと思っていたのに、それが続けられない状況だと知り、何とかしたいと思ったのが起業のきっかけです」。

中村さんは27歳で会社を辞め、認可外保育施設の立ち上げに踏み切りました。モットーは「子どもが笑顔になる場所」「保護者支援を通して、子育てが楽しくなるような楽しい幼児教育」。しかし多くの保育現場で「子どもが真ん中にない」現実に直面し、「子どもが一人の人として認められる社会」への想いを強くしていったそうです。

保育施設の運営を続ける中で、発達に課題を抱える子どもたちとの出会いも増えました。当初は療育施設を紹介する対応をしていましたが、とある運動会での出来事が中村さんの考えを変えたと言います。

「一人だけ走り回っている子がいたら、後日面談で『集団では大変そうですね、療育施設がよさそうです』と保護者に言うんです。でも、それって無責任だと気づきました。子どもや保護者のことを考えて事業を始めたはずなのに、僕は何もしていない、と。そこで、『じゃあ僕がやろう』と決めました」



家庭を支える「お預かり型」の意義


元気キッズグループでは現在様々な形の発達支援を行っていますが、原点は当時主流だった「母子通所型」ではなく、母子分離の「お預かり型」にあります。

公園に行けば他の子どもとの違いが目立ち、公共交通機関やスーパーでも周囲への気遣いが絶えない日々。「お母さんたちは、常に孤立している状況でした」と中村さんは言います。しかしお預かり型の支援により、保護者に自由な時間が生まれ、同じ境遇の人同士のグループができるようになったのです。

「グループができると『うちの子の愛すべき失敗話』で盛り上がるんです。『うちは壁に穴を開けちゃう』『うちも』といった具合に。わかってくれる人がいるだけで、保護者はほっとします」

こうしたグループは10年経っても続いていて、強いコミュニティになっているそうです。



地域のハブとしてのセンター機能


現在中村さんが運営する「元気キッズチルズ」は、朝霞市障がい児等療育支援事業を委託され、地域協議会への参加、勉強会開催なども行う「情報提供と連携のハブ」です。センター運営を通じて見えてきたのは、地域全体での支援体制の重要性でした。療育施設ではサポートを受けて大きく成長した子どもたちも、進学すると「できていたこと」ができなくなってしまう現実がありました。

「発達について詳しくない先生がつくと、療育施設では話を聞けていた子もずっとダメ出しをされてしまう。これでは子どもの自己効力感を育む機会が失われてしまいます」

そこで元気キッズグループでは、現場に専門スタッフが出向く「保育所等訪問支援事業」に力を入れています。療育施設と教育現場をつなぐ架け橋として、現場の先生方と一緒に支援方法を考え、合理的配慮が提供される環境づくりを目指しています。

 

未来への展望共生社会の実現に向けて


中村さんの理想は「専門的な支援施設が不要な社会」。「社会が合理的配慮を提供できれば、障害は目立たなくなる」という考えのもと、地域の文化や特性に応じた柔軟な福祉サービスの提供を目指しています。

2026年4月には、生活介護、就労継続支援B型、放課後デイサービスを併設した複合施設の開所を予定です。「障害者だけでなく、誰でも来られる場所を目指しています。みんながベーグルを買いに来たり、コーヒーを飲みに来たりする場所にしたい」と中村さんは語ります。

小学校時代から抱き続けた「みんなが幸せになってほしい」という想いは、中村さんの活動の原動力です。子どもたちの可能性を信じ、家族を支え、地域とともに歩む。そんな温かな支援の輪が、一つずつ広がっています。



執筆:猪狩はな

 

 

 

 

 
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