Society5.0の実現に向けた教育・人材育成/藤森平司さん講演

September 28th, 2023
藤森 平司
社会福祉法人省我会 理事長/保育環境研究所ギビングツリー 代表/乳幼児 STEM 保育研究所 理事長
藤森平司さんは、大学で建築学を学び、その後小学校教諭、保育園園長、子ども園園長の実践を経て、「見守る保育 藤森メソッド」を提唱。その後は、欧米、アジア各国の保育施設を歴訪し、さらにメソッドを深めてきた。コロナ感染前 2019 年は年間国内外 100 回ほど講演活動を行い、現在では、国内で 500 園あまり、海外で 170 園「藤森メソッド」を取り入れている。

今回は、2023年2月に行われた藤森さんの講演「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成」の内容をお届けする。

 

 

これからの教育施設のあり方を模索


ドイツのミュンヘン教育局に 15 年にわたって訪問し、乳幼児教育についての情報交換を行ってきた藤森さん。ドイツでは、建物の空間や動線のあり方が教育に影響すると考えられている一方で、日本ではあくまで箱物としか考えられていない傾向がある。

しかし、日本でも2030年を見据えた大きな教育改革が進められるようになった。急速に変化を続ける現代、どのような人材になりどのような力を身につけるべきか、小学校入学時から考えなければ社会を生き抜けないと考えられるようになったためである。園舎や校舎といった教育施設を建設する際は、このような潮流をくみ取り、新しい教育のあり方にふさわしい形を模索しなければならないと藤森さんは指摘する。

 

 

自ら考え、率先して行動する力を養う


新しい教育改革には、東日本大震災での「釜石の奇跡」の教訓が生かされている。津波が襲ってきたとき、釜石東中学校の生徒たちが高台を目指し逃げていたところ、近所の小学校にて校舎の3階に避難している児童たちを目撃する。「3階より高い津波が来たら危ない」と中学生たちが声をかけ、児童たちも自らの判断でより高台へと逃げることに。児童と生徒らは無事、全員避難することができたという事例だ。このケースから、以下の3つの教訓が導き出される。

1つ目は、従来のルールや方法にとらわれないこと。「今までこうしてきたから」ではなく、「今どうすべきか」を考える。この先、時代がどう変わるか分からない。その時、どの状況に応じて自分なりに考える力を養う必要がある。

2つ目は、その時の最善を尽くすこと。生徒らは「まだ時間があるから」と諦めず、より高い場所を目指した。元々避難しようとしていた老人施設は、結局津波に飲み込まれてしまった。このように、「これでいいか」と諦めず最善を尽くす心意気が重要になる。

3つ目は、率先者になること。実は、教師らは生徒たちが「逃げよう」といった際、「まだ大丈夫だ」と返していたという。「みんなが逃げていないから大丈夫ではなく、率先したらみんなも逃げるだろう」と生徒らは反論し、結果生きのびることができた。

内閣府は2022年に「CSTI教育・人材育成WG 最終とりまとめ」を発表した。時代が変わり、必要な思考や発想が変化したことから、持続可能性と強靭性を備えた子どもの育成が重要になる、といった内容だ。また、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(ウェルビーイング)を実現できる社会を目指す。これをSociety5.0と再定義された。

「人口減少時代では、一人ひとりが役割を持たないと社会が成り立ちません。一人ひとりが当事者意識を持ち、特性を生かす。そして、他者と協働しながら新たな価値を創造することが重要になります」(藤森さん)

 

 

多様性を重視した人材教育へ


日本の幼児教育は学校のプレスクールとして位置づけられており、園舎は校舎をモデルに作られている。そして、校舎は元々兵隊の宿舎がモデルであり、その宿舎は牢屋がもとになっている。廊下がのびており、同じサイズの教室が等間隔に配置され、教室の中では一人の先生が生徒全員に同じことを伝達する。人の視野は7メートル程度のため、教室の横幅は7メートル程度となっている。その範囲に入る机の数が50程度のため、1クラス約50人と設定された。また、右利きの人が多いため、手元が陰にならないよう左側に窓が設置される形となっている。これまでの園舎は、軍事教育の影響を大きく受けて作られていった。

今までは同質性と均質性が重視された、一律一様の教育・人材育成だった。みんなが一緒に同じペースで同じことを学び、試験では限られた時間内に記憶や思考を頼りに、素早く正確に解く力が測られる。また、女子の文理選択をはじめとする学びや進路の選択を制約するバイアスも多数存在していた。

しかし、コロナ禍の緊急事態宣言で登校に制限がかかり、新たな問題が生じることになる。家庭で学習するようになったことで、教育熱心な家庭の子どもは学力が伸び、放任主義の家庭の子どもは学力が下がる状態になったのだ。勉強ができない落ちこぼれだけでなく、できすぎてしまう浮きこぼれが半々ずつという状況。先生はどのレベルにあわせて授業すべきか、という問題が生じた。

その解決策として考えられた方針が、多様性を重視した教育・人材育成だ。黒板で一斉に同じ授業をするのではなく、一人一台のタブレットで一人ひとりのペースに応じた学習を進めていく。

自ら課題を設定し、それに立ち向かう探求力を評価し、一人ひとりの特性をさらに伸ばす体制づくりが重視されるようになった。また、理解度や認知の特性に応じて自分のペースで学ぶ、子ども主体の学びも求められるように。対話を通じて納得感を形成する協働的な学びを進め、教職員は今まで以上に多様な人材を配置する方針となった。

 

 

子どもたちがともに集い、学びあう空間づくりを


2022年3月、「学校施設の在り方に関する調査研究協力者会議」が実施された。そこで打ち出されたのは、“「未来思考」で実空間の価値を捉え直し、学校施設全体を学びの場として創造する”というコンセプトだ。

ICTの活用などにより、校内のあらゆる空間が子どもたちの学びの場になるよう校舎を設計する。そして、子どもたちがともに集い、学び、遊び、生活する実空間として、他者と協働し直面する未知の課題に対して学びあい、応えあう共創空間を目指す。

幼稚園施設のあり方についても検討が進んでいる。幼児自身の興味や関心に応じて、さまざまな活動が展開される屋内環境の整備を進めたり、多様なコーナーを設置して自発的な遊びを誘導したりすること。子どもは自ら環境に働きかけて、環境との相互作用によって発達するため、環境に働きかけるための仕かけを積極的に作っていく。幅広いコーナーを設けると、子どもたちの選択肢や可能性が広がっていく、という考えだ。

このような方針を実現する教室の使い方のアイディアとして、「家具で緩やかに区切る」というものがある。教室のスペースを広く作り、移動可能な家具で空間を区切れば、子どもたちのニーズや時代の変化に応じてスペースを柔軟に活用できる。

お茶の水女子大学こども園の事例も紹介された。大学内に初めて設置されたこども園で、誕生から死までの生涯発達を見据えた、0歳児からの教育・保育カリキュラムの実践と開発を行うのが目的で開園した。園舎の2階は広大なスペースとなっており、3~5歳児が過ごすようになっている。カーテンで空間を区切ることができ、別途多目的スペースも設けられている。1階は1~2歳児の教室だ。初めて集団をつくる年齢である2歳児が、1歳児とともに過ごすことで社会性を育む。

このように、指導要領や教育方針は時代にあわせて改良されており、教育施設もその方針を実現する形への変化が求められている。

「何歳だからとか、男だから女だからとか、障がいがあるからとかではなく、子ども個人を見てあげること。子ども一人ひとりが今、どのような存在なのかをしっかりと向き合って、子どもを区別しない教育や教育施設が大事になります」(藤森さん)

日本の教育方針のこれまでとこれから、そして子どもの教育や発達に多大な影響を与える教育施設のあり方。子どもたちが激動の社会を生き抜くための力を養うために、何をすべきなのか、一筋の光が見えてきた講演であった。