あそびは心を解放する/建築家 永山祐子氏インタビュー

July 31st, 2024
永山 祐子
建築家
PLAY DESIGN LAB
プレイデザインラボ 事務局
六本木の東京ミッドタウンに突如として現れた「うみのハンモック」。大小の波をイメージしたアートは、実際に遊べる遊具として大きな話題を呼んだ。日比谷公園では、その素材を活かした「はなのハンモック」が誕生。美しい花々の上に寝転んでリラックスできるという新鮮な体験に、大勢の人々が感動した。そんなハンモックシリーズを制作した建築家の永山祐子氏に、制作の経緯やコンセプト、今後の展望などについてお話を伺った。



リサイクル素材で制作したハンモックのアート


 

―2022年、六本木の東京ミッドタウンで開催されたTokyo Midtown DESIGN TOUCH 2022というアートイベントで「うみのハンモック」が誕生しました。どのような経緯で生み出された作品だったのか教えてください。

 

永山:Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2022のテーマが「環るデザイン」でしたので、リユースやリサイクルにフォーカスを当てようと思い、作品に適した素材探しから始めました。また、東京ミッドタウン様より「皆が楽しめるものがいい」という要望をいただいていたので、楽しめるアートに適した素材を探す必要がありました。ちょうどその当時、夫でアーティストの藤元明が海ごみを使ったアート作品を制作していてその活動の中で漁網リサイクルの話を聞いていたので、漁網リサイクルのハンモックというアイディアが出てきました。リサイクルされた漁網でできているというストーリーであれば、環るデザインというテーマにもマッチしているなと思ったんです。漁網リサイクルネットは廃棄漁網を利用したペレット状の素材を編むことから始める必要があるとのことだったので、ハンモックにした際に耐えうる強度も考慮しながら素材開発を進めました。厳しいスケジュールではありましたが、関係者の皆さんがコンセプトに共感して協力してくださったこともあり、無事イベントまでに完成させることができました。

 


建築家 永山 祐子氏とインタビュアー プレイデザインラボ 白井 光洋氏


 

―Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2022は3万人が訪れるほど大盛況で、うみのハンモックも大勢の人に楽しんでいただけましたね。その後、大阪府門真市にあるパナソニックグループが全国で開設している公園「さくら広場」でもうみのハンモックが公開されましたが、その思いをお聞かせください。

 

永山:環るデザインというテーマで制作したアートですし、一過性ではもったいないと思い、もう一度どこかで使えるように網をそのまま保管しておきました。リサイクルという観点で最も効率的なのは、漁網を再度ペレットに戻すのではなく、網をそのまま使うことです。うみのハンモックは集客力がありましたし、各方面から好評をいただいたので、色々な場面で次の行き先を探しました。そして実現したのが門真市のさくら広場への移設で、桜の時期には非常に多くの人々に楽しんでいただけました。この際にジャクエツさんとタッグを組み、強度検証して作品をパワーアップさせられたのは大きかったです。

 



 

―ありがとうございます。そして、2024年に日比谷公園で開催された「Playground Becomes Dark Slowly」にて「はなのハンモック」が公開されました。その経緯を教えてください。

 

永山:東京都が花と光のイベントをアートという切り口でやりたいということで、私と現代美術作家の大巻伸嗣さん、サウンドアーティストの細井美裕さんがアサインされました。日比谷公園には広い芝生公園が整備されており、真ん中に花壇があるのですが、普段は人が入れないようになっています。このイベントでは芝生公園に入れるようにして、美しい花々を身近で楽しめるようにしたいと考えました。また、六本木のイベントでの反省を生かし、ハンモックの面を増やしてより大勢の人に座ってもらえるようにしようと思いました。そして、花壇の上にパイプを組み、全面的に網を張ったはなのハンモックを制作。花の上に寝そべって上から花を楽しめるようにしました。

 



-六本木と日比谷のイベントは、お客様の層が似ているようで違う感覚を受けました。永山さんはそれぞれのイベントでの違いを感じられましたか?

 

永山:そうですね。六本木の場合、昼間に近隣のオフィスで働く会社員の方々がゆったりくつろぎに来たり、近所の幼稚園生が毎日お散歩で遊びに来たりしていました。日比谷は子ども連れの親子が多く、インバウンドのお客様も大勢来てくれました。夜はどちらもカップルが多く、夜景を見ながらそれぞれの時間を過ごしているようでしたね。特に日比谷はお花の上に浮いているのがロマンチックということで、デートスポットのようになっていました。



―イベントで印象に残ったことはありますか?

 

永山:日比谷のお客様の「昼と夜でお花の匂いが変わっている気がする」という言葉は印象的でしたね。お花を上からのぞく経験はあまりないもので、はなのハンモックに座ると香りが上に立つのがよく分かるんです。都会のど真ん中で花の香りに気づけるようなシチュエーションを作れたのは嬉しかったですね。また、イベントで使用したものは全てをリサイクルするために、最終日に花をお客様に配るという企画も実施しました。すごく喜んでいただけましたし、イベントで使用した全てのものを最後まで使い切ることができてよかったです。

 

シチュエーションが変われば発想も変わる、あそびの視点を大切に


 



 

―五感で自然を感じられるイベントになったのですね。永山さんは他にも公園のプロジェクトをされていますが、公園のあり方について思うところはありますか?

 

永山:行政が民間の力を借りて、新しい場として公園を利活用していくという事例が増えています。そういった華やかで人が集まる公園がある一方で、住宅街にある小さな公園は縮小傾向にあり、子どもの居場所がなくなっていくことを危惧しています。また、遊具も安全性を重視しすぎてスリルがなくなり、子どもが心から楽しめなくなっているケースもあるようです。私の子どもも新しいブランコが「全然上まで上がらない」と不満そうなんですよ。もちろん安全面も大切ですが、子どもたちが工夫して楽しめる遊具で、ケガも乗り越えながら成長していくことに社会がおおらかであることも大切なのではないでしょうか。

 

―永山さんが考える理想の公園の姿はありますか?

 



 

永山:昼間は子どもたちの居場所で、夜は大人も遊びにいけるような公園が理想だと前々から考えています。今回のイベントで、スーツを着た大人たちがハンモックでリラックスしている姿を見て、皆がフラットでインクルーシブな場になっているなと実感しました。そういう場で打ち合わせをすれば、今まで話せなかったことを話せるようになるかもと思いました。

 

―ハンモックを通じて垣根を超えていく感覚ですね。PDLは、仕事において遊びの視点が役に立たないかと考えているのですが、永山さんの考えもお聞かせください。

 

シチュエーションが変わると気持ちも発想も変わりますが、遊びにはそういった要素があると思います。イベントでは、ハンモックの上で仕事をしている人もいました。多様な働き方が生まれている中で遊具が職場にもなるし、遊び場にもなるし、チルもできる。仕事の中に遊びの要素を取り入れられると、心が解放されて固定概念に縛られないアイディアが生まれるかもしれません。

 



 

―ハンモックシリーズは、旅をするように様々な表情を見せながら3か所回ってきました。今後の展望や構想はありますか?

 

永山:現在、日比谷のハンモックの一部を移設して、淡路島の商業施設への常設設置を進行中です。目の前に海が広がるシチュエーションかつ常設は初めてなので、耐久性なども検証しながら経過を見ていきたいと思います。ハンモックはシンプルな構成なので、どこに行っても何かしらの形で馴染んでいけるのが強みだと思います。今後も色々なところに展開できないかと考えています。公共イベントで使ったものを民間業者が有効活用して展開していくのは、ニュートラルで利害関係のない私たちのようなデザインした立場のものが橋渡ししているからこそ実現できていると感じます。万博でも前万博で使った資材を新しいパビリオンへの転用を試みるなど、リユースの可能性を広げるためのバトンを渡していく役目も果たしたいですね。