あそびの可能性を広げる新しい遊具「SAPIENCE」/開発リーダー 藤井康介氏×デザイナー 本荘栄司氏インタビュー

October 17th, 2024
PLAY DESIGN LAB
プレイデザインラボ 事務局
らせん状に組みあがるグレーの支柱に、黒い球状のジョイント。そして、オレンジのロープネットが張り巡らされた「SAPIENCE」は、これまでに見たことがない新たな形の遊具だ。有機的なフォルムは子どもの好奇心をそそり、あそびも自由に創造できる。子どもたちの可能性を広げる「SAPIENCE」はどのような経緯で生まれたのか。開発にかけた思いやこだわりについて、開発リーダー・藤井康介氏とデザイナー・本荘栄司氏にお話を伺った。

 

 

踊り場がない、全く新しい遊具


 

―SAPIENCEは円や曲線で構成された先進的な形状の遊具です。どのような経緯で開発したのでしょうか?

 

本荘:「今までにない遊具を作りたい」と上司に提案したのがきっかけです。従来の遊具は支柱とデッキを軸に、パネルやすべり台、はしご、通路で構成されているのが基本で、見た目の違いはあれど、あそびの機能はあまり大きな差がないということに課題感を抱いていました。ジャクエツはデザイナーの深澤直人さんとタッグを組んで、全く新しい「YUUGU」を開発していますが、基本的にはそれで完結するものとなっているので、従来の遊具のように拡張性のある、システム化された新たな遊具を作りたかったのです。

 

藤井:提案当時の本荘さんは入社2年目で、これほどの意欲を持った若手社員がいるのかと驚きましたね。通例だと全国の営業店から収集した情報を元に、ニーズを満たす遊具を開発するという流れになっているのですが、本荘さんは新しい発想から遊具を生み出したいという熱意があり、その中で出てきたコンセプトが「踊り場のない遊具」でした。

 

本荘:踊り場がなく、支柱それ自体があそびになれるような遊具であれば、あそびの幅は大きく広がるのでは、そして子どもたちの創造性が増えるのではないかと考えました。自然との融合、建物との融合など、様々なアイディアを出す中でコンセプトを固めていきました。

 

藤井:プロジェクト開始当初はどんなアイディアが出てくるのだろうと楽しみにしていたのですが、気づいたら一緒に伴走していましたね。どこかで自分も新しいことに挑戦したいと思っていて、本荘さんの思いに共感しながら取り組めたのだと思います。

 

―デザインのこだわりや開発時の苦労について教えてください。

 

本荘:らせん状という今までにない形に仕上げたのがこだわりです。らせんの構造を作るために重要なのがジョイント部分です。自然な曲線でらせんを描くためにも、ジョイントのボルトは隠す必要がありました。強度を確保しながら、らせん状にするためのジョイントの内部構造を検討するために、3Dプリンタで試作品を作り何度も試行錯誤しました。

 

藤井:らせん状なので各ジョイントに微妙に角度がつくため、穴のサイズや位置の調整に苦労しました。組み立てる際に複雑になりすぎないことや、総合遊具のような拡張性を持たせることを考慮しながら構造を決めなければならかなったので、非常に難易度の高いチャレンジでした。そして、苦労した成果もありジョイントの内部構造は特許を取得できました。

 

本荘:もう一点、らせん部分の角度の調整にもこだわりましたね。子どもが入れる角度か、つかまり立ちできるか、すべり台や手すりは脇に抱えられるサイズか。3DCADで組み立てながら、子どもたちが遊ぶ姿をイメージして調整していきました。検証では実際に子どもたちに遊んでもらったところ、イメージ通りに楽しんでくれている様子で安心しました。また、こんな遊び方をするのかという新たな発見もありました。みんな遊びに夢中で、「帰りたくない」と言ってくれるほど大好評でした。

 

藤井:子どもたちは面白かったら遊ぶし、面白くなかったら遊ばないといったように素直ですよね。ジャクエツとしても大きな挑戦だったのですが、SAPIENCEは対象年齢を12歳までに引き上げました。なので、従来の遊具よりも難易度は高くなっています。検証では子どもの年齢によってどれだけあそびが変わってくるのかに注目したのですが、小さい子どもは下の方で座ったり寝転んだり、大きい子どもは高いところに登ってチャレンジしたりと、予想通りあそびが違っていました。また、うまく登れなかった時は別のところから再度チャレンジするといったように、子どもたちが頭を使いながら遊んでいる様子も見えました。遊び方を制限せず、余白を設けた遊具という方針通り、子どもたちが想像力を広げながら遊ぶ姿が印象的でした。

 

―SAPIENCEはグッドデザイン2023・ベスト100に選出されました。どのような点が評価されたと思いますか?



本荘:らせん状の形やカラースキームも含めて、デザインの新しさが評価されたと思います。また、あそびの広がりや可能性も支持されたのではないでしょうか。

 

藤井:シンプルですが奥深く、子どもの興味を惹くデザインであることが伝わったと思います。今までにない遊具を作ろうというチャレンジ精神も評価されたと考えています。

 

 

遊具とあそびの可能性を、さらに広げたい


 

―実際に使っていただいているお客様からの評判はいかがですか?

 

本荘:全国の幼稚園や保育園を中心に、約20件のお客様に導入いただいています。やはり、デザインのインパクトに惹かれて購入いただけるケースが多いですね。幼稚園や保育園も発信力が求められているので、他にはない遊具を導入しているということがアピールポイントになるのだと思います。

 

藤井:デザイン性はもちろん、想像力を育みあそびを生み出すというコンセプトにも共感いただいています。学力や点数だけでは測れない、これからの時代に必要な非認知能力を伸ばせる遊具として認識いただけています。らせん状のSAPIENCEは、従来の遊具では生まれづらかった鉢合わせというシチュエーションも生まれます。そのような際に、あそびを通して「どうぞ」と譲り合う社会性が自然と養われていくのです。幼少期のあそびで純粋に経験できることは、将来にも活きてくるはずです。

 

本荘:ネットに座っていると、他の人のあそびの揺れが伝わってくるのもSAPIENCEの特徴です。直接会話していなくても、誰かとつながりを感じられるようになっています。また、「降りたいから揺らさないでね」といったコミュニケーションも自然と生まれるでしょう。

 

藤井:あそびを通して年齢の違う新しいグループが生まれたり、コミュニケーションが生まれたりと、子どもたちの遊びの創造性や可能性を最大限発揮できる遊具となっています。また、遊具は園庭の端に設置されることが多いのですが、SAPIENCEは園庭の中心に設置するお客様もいらっしゃいます。園庭の使い方を変えたという意味でも、新たな遊具となったのではないでしょうか。

 

―最後に、今後の展望についてお聞かせください。

 

本荘:SAPIENCEは総合遊具のサイズで展開しているので、今後はもう少しコンパクトなサイズのものや単体遊具としても開発することを検討中です。ブランコや回転遊具といった単体遊具をシリーズとして導入すれば、空間がさらに広がるようなイメージです。SAPIECEを「新しい踊り場」として捉え、あそびの可能性を広げていきたいと思います。また、SAPIENCEという名前はSapiens(人類)とScience(科学)を組み合わせた造語で、上かららせんを見ると黄金比になっており、足場も不安定といったように、SAPIENCEはどこか自然らしさを感じられる形になっています。自然と人間、そして知性が掛け合わさる遊具になるよう、今後も展開していきたいです。

 

藤井:SAPIENCEは今後もジャクエツの中で中心的存在になっていく遊具だと思います。対象年齢を上げるというチャレンジをしたからこそ、今後は公園などパブリックな空間への導入に力を入れていきたいです。公園にSAPIENCEが入ることで、全体の空間が変わる可能性を秘めていると考えています。子どもも大人も高齢者もインクルーシブに、オブジェであり遊具であるSAPIENCEを通してみんなが集える場所になれれば、遊具の枠をさらに超えられると思います。ある人にとっては動的に遊べる場所、ある人にとっては静的に座ってお話する場所といったように、遊具の持つ意味合いを変えたいと考えています。

 


PLAY DESIGN LABの拠点に設置したSAPIENCE002と藤井康介氏(左)、本荘栄司氏(右)