プレイデザインラボでは、ボールチェアなどの斬新なデザインで知られる北欧フィンランドの巨匠デザイナーであるエーロ・アールニオ氏と新たな遊具の開発を試み、日本で新たに3つのアイデアを製品化した。はたして、どのようにしてそれらの作品が出来あがったのか、開発の様子や舞台裏を皆さんにご紹介したい。
フィンランドのデザイン文化
北欧の人々は自然と共生し、厳寒の暮らしの中でも、日々の生活を豊かに育んできた。中でも、フィンランドは、国土の8割を森林や湖沼が占めることから「森と湖の国」とも言われる自然豊かな国であり、1年の約3分の1は長く厳しい寒さが続く。そんな地に住む彼らの生活の豊かさに対する意識は高く、生活を楽しむ工夫がフィンランドのデザイン文化を育てた。
シンプルで機能性の高い設計。でもどこか優しく、心を明るくする温かい意匠。合理主義の中に、ときに大胆な色彩をまとった鮮やかなデザインが同居するのも、フィンランドデザインの楽しい一面だ。
例えば、テキスタイルブランドの「マリメッコ(Marimekko)」は、独特の世界観で人々を魅了する。食器で知られるインテリアデザインの「イッタラ(Ittala) 」は日本の食卓に鮮やかな色彩を与え、共に日本における北欧ブームの火付け役となった。
作家では、誰もから愛されるキャラクター、「ムーミン」を生んだ作者のトーベ・ヤンソン。北欧の近代建築家として最も影響力のあった一人であるアルヴァ・アアルト。
そして独創的な発想で知られるデザイナーのエーロ・アールニオは、インテリアデザインの世界に衝撃をもたらし、今なお活躍し続けている。
子どもたちのための遊具プロジェクト
デザインのみならず、教育の先進国としても知られる北欧の国、フィンランド。
でももしかすると、日本の子どもたちには、ムーミンやサンタクロースの故郷だと紹介するほうがしっくりくるのかもしれない。日本から遥か遠くにありながら、実は私たちにとって幼い頃から接点があり、子どもたちにも身近な国なのだ。
現在、日本国内の各地で「フィンランドデザイン展」が開催中だ。福岡から始まったこの展覧会は、名古屋、福井、東京、宮城と日本を縦断し、全国5会場を巡回している。フィンランドデザインの歴史を間近で見ることができるこの展覧会は、北欧デザインが好きな方には、ぜひ一度訪れていただきたい貴重な機会となっている。
そして、この展覧会場ロビーには、訪れる子どもたちにも大人気の作品が展示されている。
実際に椅子に座れるこのコーナーに並ぶ、カラフルで個性的な椅子。これらの製品をデザインしたのは、先述した、フィンランドデザイン界の巨匠、エーロ・アールニオ氏だ。
アールニオ氏は、1960年代に、プラスチックの素材、鮮やかな色彩、曲線を用いた造形を積極的にデザインに取り入れたデザインで、それまでの北欧の伝統的なデザインからの逸脱を目指したインテリアデザイナーの一人である。代表作である「ボールチェア」は、世界の著名な美術館に永久コレクションとして収蔵されている。
そんな彼が最初に手掛けた子どものための作品は、1973年に完成させた「ポニー」という椅子だ。単に腰掛けるだけでなく、一緒に遊びたくなるようなそのプロダクトは、子どもの心を掴み、椅子の概念を大きく覆した。「ポニー」は、彼がその後も、鳥や犬など様々な動物や空想の生き物をモチーフに、子どもたちにも愛されるデザインを多数手がけることになったきっかけといえる作品である。
左:ボールチェアとアールニオ氏 右:ポニー製作の様子 /photo_Aarnio Design Ltd.
プレイデザインラボは、アールニオ氏こそ、日本の子どもたちの環境に新しいアイデアをもたらすのではないかと考え、「日本の子どもたちのためのデザインをしてほしい。」と依頼した。そんな突然の私たちの依頼を、アールニオ氏は快く引き受けてくれた。
依頼のために、私たちが訪れたのは、日本から飛行機で10時間、さらに首都ヘルシンキから数十分ほど移動したヴェイコッラという街。そこには、湖畔にたたずむ1件のアトリエがあった。緑の木々に囲まれる中、大きなガラスで湖にひらけたアールニオ氏のアトリエ。ここは自身による設計だという。
アールニオ氏のアトリエ
私たちを出迎えてくれたアールニオ氏は、とても80歳を過ぎているとは思えないほど、若々しさに溢れていた。
招かれた席に座ると、アールニオ氏は、すでに用意してあった様々なアイデアを私たちに見せてくれた。それは、大人である我々でも思わず笑顔になってしまう、楽しいプロダクトの数々でどれも魅力ある作品だった。
デザインの契約書を交わした後には、お祝いにと、アトリエでシャンパンをあけてくれた。彼の陽気で、快く接してくれるような優しさが、心を温かくするプロダクトのアイデアを生み出すのだろう。
その後、アールニオ氏に、ちょうどヘルシンキのデザイン美術館で開催されていた、自身初となる回顧展を案内してもらった。会場には、多くの人々が訪れており、フィンランドでの彼の人気ぶりがうかがえる。
ヘルシンキデザイン美術館 アールニオの回顧展にて
帰国後、プレイデザインラボに数多くの手書きの図面が送られてきた。そのユニークなデザインに、初めて見たスタッフの顔も思わずほころぶ。
早速私たちは、いくつかの製品の開発に取り掛かった。今回の作品は、すべて日本国内で製造することになる。子どもの安全規準に適合するように寸法を調整したり、生産がしやすいように型の形状を考えたり、アールニオ氏とそんなやり取りを繰り返し、約1年半の時を経て、ついに3つの製品ができあがった。
完成した3つの作品がこちら、
■ノルス[NORSU]
ノルスはフィンランド語で「ぞう」という意味。とても大きな背中を登り、長い鼻から滑り降りる。鼻の下にもぐりこむこともできる。
■リスコ[LISKO]
リスコはフィンランド語で「トカゲ」の意味。ワニやトカゲを想わせるような空想の動物をモチーフにしたベンチだ。アールニオ氏は、「リスコは子どもたちを自分の背中に乗せて、その創造力を無限に膨らませてあげたいと思っている」のだという。
■ベイビードラゴン[BABY DRAGON]
ベイビードラゴンは、その大きな頭と人懐こい笑顔で子どもたちを出迎える。4本足で支えられた彼の長い背中の上に、子どもたちはみな思わず乗りたくなってしまう。
滑り台もベンチも、その機能だけを満たすのならば最低限の構造だけがあればよい。しかし、アールニオ氏のデザインは、想像力に満ちている。
ただ腰掛けるという行為ですら、アールニオの魔法がかかったベンチにおいては、子どもたちはこの新しい友達と“一緒に遊ぶ”ことになるのだ。
子どもたちの環境に、新しい感覚の仲間が加わることで、自由で新しいあそびの扉がひらかれてゆけば素晴らしい。
エーロ・アールニオ氏インタビュー
最後に、アールニオ氏には自身の生い立ちや、今回の作品に込めた思いについてインタビューに応じて頂き、日本の子どもたちに向けてのメッセージもいただいた。
●どんな幼少時代を過ごしましたか?何をするのが楽しかったですか?
私が子どものころ、7歳から12歳までフィンランドは戦争をしていてすべての物資が不足していました。日用品は数が限られていて配給制となり、ヘルシンキで空襲警報が鳴り続け日常生活や学校生活はさえぎられました。夜間の爆撃により睡眠は妨げられて、空襲警報が鳴っている間はアパートの地下の防空壕への避難を余儀なくされ、そのまま朝まで過ごすこともありました。さらに私は7回母親と田舎へ避難しなければならず、そのうちの1回避難している間に私が住んでいた建物が爆撃され、家は破壊されてしまいました。そんな中でも私は友達と遊ぶことができましたが、一番大切なのは家族が戦争を生き延び、その後も人生を続けることができたということです。
●子ども向けの作品を多く作られるようになったきっかけは?
腰をかけるものが必ずしも椅子やソファである必要はないので、私は柔らかくて動物の姿をした、馬に乗るように座るものをデザインしました。それが「ポニー[PONY]」です。何年も経った後にイタリアのマジス社から、子どものためのおもちゃでも家具でもないものをデザインすることに興味はないか、と依頼がきました。それで私は「パピー[Puppy]」や「ペンギン[Penguin]」、さらに3つの座り方ができる椅子で、後にイタリアの最も権威あるデザイン賞コンパッソ・ドーロ[Compasso d’Oro]を受賞した「トリオリ[Trioli]」をデザインしました。
左から:pony、puppy、torioli / photo_Aarnio Design Ltd.
●アイデアはどんどん生まれてくると記事で読みましたが、実際にアイデアはどんなときに浮かぶのか、思いつく瞬間を教えて下さい。
新しいアイデアが頭に浮かんだとき、まずすぐにいくつかスケッチを描きます。そのスケッチに納得したら、それを実寸大で描くようにしています。一番いいアイデアが浮かぶのは、よく眠れた次の日の朝です。
― 最後に、今回の作品づくりの想いと、日本の子どもたちへのメッセージをもらった。
●日本はフィンランドに好意を持っており、独立100周年を記念した展覧会なども開かれています。日本についてどんな印象を持っていますか?
1967年に世界各国を旅していたとき、日本で数日過ごしたことがあります。日本は伝統的な建築物や自然美がすばらしい国だと思います。
●今回は子どもたちのための遊具の製作で、どんな思いを込めましたか?
遊び好きな子どもたちは常にエネルギーや新しいアイデアに溢れていて、初めて見るものすべてがそんな子どもたちに新しい世界を切り開いてくれるのです。
●日本では、こどもたちに滑り台がとても人気です。ノルスを作ってみていかがでしたか。
ゾウの形は子どものための滑り台をデザインするのによく使われてきましたが、それはゾウでなくても足を広げて首を下げて水を飲んでいるキリンでもいいのです。子どもにとって大事なのは長い滑り台なのです。
●遊具を使う子どもたちにメッセージをください。
子どもたちには、あそびを自由に発想させてあげなければいけません。新しいあそびを考える楽しみを奪ってはいけないし、間違ったあそびなどありません。型にはまりがちな大人と違って、子どもたちは常に様々なものの新しい使い方を思いつきます。これは、わたしのデザインしたものにも言えることなのです。
●最後に、あそび心に溢れていて、世界中で愛されるものを作り続けるアールニオさんですが、日本でデザイナーを目指している人たちが、あなたのようなデザイナーになるには何が大切ですか
どんな子どもでもそれぞれに優れた才能があります。すべての親や先生はそれを理解し、子どもを正しい方向へ導いてあげなければいけません。たとえ子どもの夢が世界一の後ろ向きランナーになることであっても。
若いデザイナーは例えば磁力の使い方を考えてみたらいいかもしれません。日本のリニアモーターカーは何トンもする車両が数ミリ浮いた状態で線路を走っています。ではなぜ同じ原理を用いた、重力が存在しないような、宙に浮いた椅子に座ることはできないのでしょうか?創造力に限りがありません。これは今後どんな仕事につくかに関わらず全ての子どもが理解し頭に入れておくべきことだと思います。
今回製品化した作品を見られる展示会のご案内
2017年11月に東京ビッグサイトで開催されるIFFT(インテリア ライフスタイル リビング展)のフィンランドパビリオンに、この度製品化された作品が展示されます。ぜひ、アールニオ氏の想いの詰まったデザインをご覧ください。
『IFFT/インテリア ライフスタイル リビング』
[ノルス、リスコ、ベイビードラゴンを展示] >>
公式サイト
2017.11.20~22 東京ビッグサイト 西1ホール フィンランドパビリオン内