パティシエ 小山進さん流 お菓子で育む子どものちから

September 16th, 2020
小山 進
パティシエ エス コヤマ オーナーシェフ
兵庫県三田市の閑静な住宅街に、全国から大勢の人が絶品のお菓子を求めて訪れるパティシエ エス コヤマがある。有名な小山ロールを販売するパティスリーや、アイスクリーム工房、ブーランジュリーといった施設が立ち並んだ、まるでおとぎの国のような敷地の一角に、子どもだけしか入れない「未来製作所」というユニークなパティスリーがあり、多くの子どもたちが目を輝かせている。今回は、この「未来製作所」の考案者、オーナーシェフの小山進さんに、PLAY DESIGN LABを運営する株式会社ジャクエツCEOの徳本達郎がお話を伺った。



eskoyama3パティシエ エス コヤマ オーナーシェフ 小山進さん(右)と株式会社ジャクエツ CEO 徳本達郎(左)

 

 

現在の糧となっている幼少時代の遊びの記憶


徳本:本日は遊びの力についてお話をお聞きしたいと思っていますが、未来製作所をはじめ、小山さんのお仕事を拝見すると、随所に「本気の」遊びゴコロを感じます。まずはご自身の遊びの体験について伺いたいのですが、小山さんは幼少期には、どんなことをして遊んでおられましたか?

 

小山:昆虫採集ばかりしていましたね。カブトムシやコガネムシなど、昆虫の「デザイン」が好きなんです。何か一つのことに熱中した経験とても大切なことです。私が昆虫採集に熱中した経験は、大人になってエスコヤマの全ての仕事に活きています。例えば、お菓子のパッケージ。私がストーリーを思い描いてデザインのディレクションをしているのですが、特に昆虫との関わりが深いものはバウムクーヘンです。「思い出の大きな木」という名前の付いたバウムクーヘンは、分厚い童話の本のような形の箱に入っていて、三方背のスリーブの天面には大きな木がデザインされています。サイズが全部で4つあり、モノによっては帯の下に隠れたところにちゃんと根が張っていたり、スリーブを外して引き出した箱にはクワガタが描かれていたり。中を開けば内側には私自身が幼少期に虫捕りをして遊んだ思い出やそこから感じたことをベースにした物語が綴られています。そして、その物語には「部活や修業に励んで人間としての根を伸ばした人は、やがてきれいな花を咲かせ、たくさんの果実を実らせることができるんですよ」というメッセージを込めています。

 
eskoyama6本の形をしたバウムクーヘンのパッケージが、そこに込められたストーリーを伝える

 

小山:また、絵を描くことも好きでした。壁に貼った模造紙をはみ出して、壁にまで絵を描いていましたね。母は、壁に絵を描き進める私を止めず、自由に描かせてくれました。この経験から、枠にとらわれず自由に生きることができているのかもしれません。子どものころの経験を、大人になってから活かしている人は強いですよ。

 

徳本:素晴らしいお母さまですね。普通は、絵が紙からはみ出ないよう注意しますよね。

 

小山:そうですね。また、自由に絵を描くのと同じくらい、立体物で遊ぶことも大事です。毎年幼稚園でマジパン(砂糖とアーモンドを混ぜた餡のような洋菓子)の授業をしているのですが、立体的な見本を見せても、子どもたちは平らなマジパンを作ってしまいます。それは普段、絵を描くことはあっても、立体物で遊ぶことが少ないからでしょう。もっと粘土細工で遊んで、立体的なものの見方を養わねばなりません。そうすれば、いろいろな方向からモノや人を見ることができる、バランス感覚の良い人間になれるはずです。

 

eskoyama4小山さんが執筆された、マジパン作りの解説書


 

徳本:なるほど。絵だけでなく粘土遊びも欠かせないのですね。

 

小山:その通りです。どんな価値観を持つ人間になるかや、学びに対する強いエネルギーを持てるかどうかは、幼稚園までの教育が要になります。親や先生が子どもを信じ、のびのびと育ててあげることで、型にはまらない人間になれるのではないでしょうか。

 

 

しっかり遊ぶことでオリジナリティが生まれる


徳本:近年、日本の幼児教育が変化してきています。子どものころに、よく遊んだか遊ばなかったかで、その後の成長に差が出ることが分かってきたからです。

 

小山:そうですね。私は遊びには「共感」が必要だと思います。周りの子がどう感じているかを理解することで、ほめたり、謝ったり、ルールを作ったりし、みんなが一緒に楽しく遊べるようになります。幼いころによく遊べば、どうすれば楽しいことができるのかを自分で考え、みんなが面白いと思えることを創造できる大人になれるでしょう。

 
eskoyama2幼いころは友達を率いてたくさん遊んでいたという小山さん

 

徳本:物事を楽しめるかどうかはとても重要ですね。サラリーマンでもスポーツ選手でも、日本人は楽しめない人が多いように感じます。何事も人から指示されて努力するのには限界があります。遊びながら、そして楽しみながら仕事をする人は、集団から頭一つ抜けられるようになります。

 

小山:私も同感です。私が専門学校卒業後、神戸の「スイス菓子ハイジ」で働き始めたころの話なのですが、同店のカフェで提供しているトーストのバターを、ただの四角ではなくバラの形にしてお客さんに喜んでもらったことがありました。誰にでもできることを指示されたままするのではなく、どうすれば「自分がする価値のある仕事」ができるのか考えた結果です。遊びも仕事も正解は一つではありませんから、自ら考えることで楽しんで取り組み、オリジナリティを生み出せるのではないでしょうか。

 

 

味覚の“気づき”は全てに通じる


徳本:今は幼稚園でも食育に力を入れ始めています。園内にオープンキッチンやランチルームを作って、楽しく食べられるように工夫している園もあるんですよ。小山さんは、日本人の味覚についてどのように感じていらっしゃいますか?

 

小山:日本の子どもたちは、味が分からなくなっているのではないかと案じています。友人の子どもに卵かけご飯の作り方を教えたことがありますが、濃い味に慣れているのか、醤油を驚くほどたくさん入れてしまうのです。しかし、私が醤油を少なめすることを教えて食べさせてあげると、やっと素材そのものの味や卵かけご飯のおいしさに気づけたようです。繊細な味の違いに気づけるようになることは、味覚だけでなく他のあらゆる物事への感受性を高めることにつながると思います。

 

徳本:味の違いが分かるというのは重要ですよね。エスコヤマさんはたくさんの種類のチョコレートを作られていて、口にするとそれぞれに多彩な世界を感じます。

私たちからのオーダーで特別に「黒龍」という福井県の地酒を使ったチョコレートを数種類作っていただいていますが、私たちはこれを幼稚園の先生に食べ比べてもらって、食育の重要性を理解してもらっています。

 
eskoyama11チョコレート専門店Rozillaでは、宝石のように多彩なボンボン・ショコラを販売

 
eskoyama7ジャクエツ本社がある福井県の地酒を使った、ボンボン・ショコラとテリーヌ・ドゥ・ショコラ

 

小山:食育は「気づく力」を養うだけでなく、「伝える力」を伸ばすという点においても大切です。最近の子どもに食事の感想を聞くと、ある訳でもない正解を探して答えられないことが多いです。おいしいものをおいしいと感じ、それを自分の言葉で表現できるような食育をしたいですね。私の家では、例えばパスタを3種類作って、それぞれどんな味がするか子どもに尋ねながら食事をすることもあります。

 

徳本:ご自身のお子さんの教育にも力を入れてらっしゃるんですね。将来どのように成長されるのか楽しみです。

 

 

子どもの「伝える力」を育み、日本の未来を変えていく


徳本:小山さんとは、2016年に「未来製作所」がキッズデザイン賞奨励賞を受賞された時の表彰式で、お隣の席になったのがご縁の始まりでしたね。「未来製作所」は、小学校6年生までの子どもだけしか入店できなくて、大人は一緒に入れないので、親でも外で待っていなければいけないというユニークなパティスリーですが、このような施設は他には聞いたことがありません。小山さんはどのような想いでこの場所をつくられたのでしょうか。

 
eskoyama10大人は立ち入り禁止。子ども専用のパティスリー「未来製作所」

 

小山:もっと親子でコミュニケーションをとってもらいたいと思ったんです。というのも、小学校に講演に行った際、「最近何か面白いことあった?」と小学生に聞いても、「普通」としか答えてくれません。しかし、もう少し深掘りしてみるとちゃんと喋ってくれます。今の子どもは伝える力が弱くなっているように思いますが、これは大人が話を聴こうとしなかったからではないでしょうか。未来製作所の中の様子を子から親へ伝えることで、子どもたちの「伝える力」を伸ばすと同時に、大人が子どもと向き合う姿勢をつくることが狙いです。大人が話を聴いてあげると、日常のちょっとした事象に気づく力や伝える力が育ち、表現者として成長できるでしょう。子どもたちが変われば、日本の未来はもっと素晴らしいものに変わると思いますよ。

 

徳本:子どもたちの伝える力を伸ばしていくパティスリーなのですね。エスコヤマの他の施設にもそれぞれ素晴らしい物語があって、それを求めて全国からお客さんが訪れていますよね。

 

小山:今いるこのチョコレート専門店Rozilla(ロジラ)にも物語がありますよ。モチーフは、カカオの原産地である中米の古代マヤ遺跡で、人類の歴史を感じられるデザインになっています。宝探しのような気分になれる長い廊下は、温度管理の役割も果たしています。壁の模様は波や風などの自然を、床の歯車は時間を表しています。セミナースペースの内側は子宮をイメージしていて、胎児のように安心してチョコレートに集中してもらえるようにしています。

 
eskoyama9「Rozilla」の名前の由来は、小山さんが育った京都の“路地裏”と“ゴジラ”を掛け合わせた造語

 
eskoyama8セミナースペースでは、さまざまなチョコレートの知識を伝える

 

徳本:小山さんのお菓子に対する情熱がひしひしと伝わってきます。このチョコレート専門店Rozillaは、建築としても素晴らしいですね。

 

小山:壁は左官職人の久住有生さんに塗ってもらいました。セミナースペースは全て漆喰です。漆喰には殺菌作用があり、本物の自然の質感を感じることができます。子どもたちには、実際に良いものに触れて、質感や色を感じ取ってもらいたいと考えています。

 

徳本:幼いうちから本物を知るのは良いことだと思います。小山さんはお菓子にとどまらずパッケージや建物など幅広くエスコヤマに関わっていますよね。

 

小山:そうですね。コックコートも私のデザインなんですよ。ケーキ屋なのにパッケージや店舗、ウェアのデザインをしている私を見本にして、自由に挑戦していいのだと子どもたちに感じてもらいたいです。私はこれまで、子どもたちが将来表現者として成功するために大切なエッセンスを、お菓子を通じて伝えてきたつもりです。幼少期の経験があるからこそ、今これだけいろいろなことができているのだと、今回の対談を通じてより強く発信できると嬉しいです。

 

徳本:お話を伺って、小山さんに幼稚園のキッチンやランチルームをプロデュースしていただけたら素晴らしいものができるのではないかと思いました。

 

小山:ぜひぜひ。お菓子以外のプロデュースも大好きです。

 

徳本:貴重なお話をありがとうございました。今後も子どもたちのために小山さんならではの挑戦を続けていただきたいです。小山さんのご活躍を期待しております。

 
eskoyama5子どもの未来の話に花を咲かせる二人

 

関連リンク:

未来製作所 WEBサイト  −ホームページのデザインからもワクワクが広がる。

パティシエ エス コヤマ WEBサイト