「チア☆ダン」のモデルとなった顧問が語る夢を叶える力/五十嵐裕子さん講演

April 30th, 2024
PLAY DESIGN LAB
プレイデザインラボ 事務局
映画やドラマで大きな話題を呼んだ大ヒット作「チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜」。福井県立福井商業高校のチアダンス部が、全米優勝を果たすまでの実話が元となるストーリーだ。2023年8月に開催された「次世代園経営者セミナー2023」に登壇いただいた五十嵐裕子さんは、この物語の元となるチアダンス部「JETS」の立ち上げ時の顧問であり、9回の全米制覇を遂げた立役者その人である。今回は「人は変われる」をテーマに、五十嵐さんの経験から職員が同じ目標に向かうにはどう関わっていくべきかを導き出した講演内容をダイジェストで紹介する。

 

夢を全力で叶えてくれた家族の存在


幼少期から家でじっとしているのが嫌な性格で、活動的な子どもだったという五十嵐さん。祖父に連れられた保育園見学で見たソーラン節に衝撃を受け、親に毎日せがんで中途入園させてもらった。その後も習字やエレクトーンなど、友だちが上手にこなす特技に憧れを持ち、チャレンジさせてもらってきたという。五十嵐さんの夢を、親や祖父母が全力で叶える手助けをしてくれていたのだ。

 

その背景には、生後半年の時に起きた交通事故があった。両親、祖父母と生後半年の五十嵐さんの5人を乗せた車がダンプカーと衝突するという、当時ニュースにもなった大事故だった。五十嵐さんはガラスの破片を全身に浴び流血するという大けがを負い、家族全員で入院することとなった。両親と祖父母はしばらく寝たきりで治療する生活だったが、赤ちゃんの回復パワーはすさまじく、当時の写真は横たわる家族と満面の笑みを浮かべる五十嵐さんという構図ばかり。入院中は医師や看護師にもかわいがってもらい、心に傷を負うことなくすくすくと成長した。そして、死んでいてもおかしくない事故を乗り越えた我が子の夢は、全力で応援してあげようと両親は誓ったのである。

 

「私は自分のやりたいことに忠実に生きてきました。小学校5年生の時、勉強ができても女性であるという理由から副委員長にしかなれなかったため、“女に不便な世の中なら、男になってやる”と宣言。一人称も“俺”に変えてスカートもはかないと宣言したところ、先生からは注意されたのですが、親は笑顔で見守ってくれていました。幼少期から大切に育てられてきましたから、自分は大事な存在だと理解していて、人に何を言われてもくじけない精神性が身についたんです。家族が愛情のシャワーをしっかり浴びせてくれたことが、ポジティブで積極的な精神性を育んでくれたと感謝しています」(五十嵐さん)

 

教師としての挫折、チアダンスとの出会い


大学卒業後、体育教師になった五十嵐さんは当時荒れていた高校に赴任することになる。一生懸命指導し、「頑張らないといい大人になれない」とアドバイスするものの、生徒たちは「部活も勉強も別に頑張りたくない。高望みしすぎで押しつけがましい」と拒絶の反応。生徒のやる気の火をつけられず、なんてダメな先生なんだと反省した。幼少期から家族が何でもやらせてくれてくれた上に、学生時代は常にリーダーシップをとっていたため、やる気があれば皆がついてくると思っていた。しかし、それは自分の力ではなく、周りの人たちに恵まれていたからだと理解した。生徒の気持ちを考えず、一方通行で空回りしていたことを自覚した。

 

「先生の言うことを素直に聞く、自律した生徒の多い進学校でキャリアを歩んでいたら、この気づきは得られなかったかもしれません。当時の生徒や先生たちは、考えを改める機会を与えてくれたんだと思っています」(五十嵐さん)

 

10年勤めても、テレビドラマに出てくるような憧れの先生になることはできなかった。しかし、せっかく教師として採用してもらったのだから、福井に恩返しがしたい。次の学校でもう一度チャレンジして、生徒の力を引き出せるような先生になろうと決意した。

 

その時、運命の出会いがあった。2004年、何気なく見ていた朝のニュース番組で、神奈川県立厚木高校のチアドリル部が全米優勝を遂げたことが報じられた。女子高生たちが、笑顔で一糸乱れずダイナミックなチアダンスを繰り広げる姿に衝撃を受けた。こんなに素晴らしい生徒がいるのかと一目ぼれしたのだ。

 

「チアダンスはやったことも見たこともなかったのですが、これをやらずして何をやるんだと一気に火がつきました。次の赴任先ではチアダンス部を立ち上げ、全米制覇するぞと、心の炎が燃え盛りました」(五十嵐さん)

 



 

素直な子どもには、夢を応援する保護者がいる


そして、福井県立福井商業高校に赴任。甲子園常連校で、すでにチアリーダーが活躍している学校だった。この子たちを全米制覇に導こうと決意したが、一筋縄ではいかなかった。

 

顧問として指導するにあたり、「校則を遵守すること」「おでこを出す髪型にすること」を徹底したところ、生徒たちが猛反発。20人以上の部員全員が退部する事態となった。そして、この事態に怒った保護者たちが学校に乗り込んできた。1時間かけて一人ひとりの話を聞き、誤って伝わっていた箇所を指摘しながら反論。最終的に校長に呼び出され、「皆迷惑しているからやめてくれ」と言われてしまった。しかし、「校則を守ってしっかり練習することの何が悪いんですか」と譲らなかった。四面楚歌の状態となったが、五十嵐さんは諦めなかった。

 

「誰からも応援されないという状況には、さすがに参りましたね。生徒と保護者を傷つけてしまった人間力のなさを反省しつつも、アメリカで優勝するという夢を叶えられたら、絶対に皆が喜ぶはずだと信じていました。ここで倒れるわけにはいかないと、必死の思いで立ち直りました」(五十嵐さん)

 

そして、全米制覇夢ノートを作り、何が必要なのかをリストアップしていった。全米制覇するためには、未経験の自分が指導したのでは無理だと悟り、プロの振付師に指導してもらえばいいと考えた。そして、プロデューサー五十嵐として生まれ変わることを誓った。

 

また転機が訪れた。テレビ番組で厚木高校チアドリル部の特集をしていたのだ。プロの振付師に依頼しようと考えたものの、誰に依頼すればよいのか分からなかったところ、番組で厚木高校の顧問とコーチを知ることができた。早速アポをとり、福井商業高校に来てもらうことになった。

 

そして、一流のコーチに来てもらい指導してもらうのにふさわしいチーム作りを始めた。挨拶、返事、礼儀、掃除といった人としての基本を厳しく、徹底的に指導した。文武両道にもこだわった。赤点の生徒は朝練を休ませて勉強させた。五十嵐さん自身も勉強した。中国の古典や経営者の自伝、オリンピックコーチの著書などを読み漁った。結果、素直な人が伸びるという共通点を見出した。「明るく素直に美しく」。これをチアダンス部のモットーとした。

 

「素直な生徒は、踊りが下手でも必ず上達していきました。そして、そういった生徒には良い保護者がいることも分かりました。ありのままの子どもを認め、成長をあたたかく見守ってくれる保護者の元であれば、子どもは素直に成長していくのです。一方、“あなたにはできない”と子どもの夢をつぶす保護者がいる生徒は挫折しやすいものです。小さい頃から子どもを応援して、認めてあげる保護者ばかりになれば、日本はもっと良くなると思います」(五十嵐)

 

 

 

感謝の気持ちを持ち、夢を実現して


五十嵐さんはJETSのメンバーに「変人になって」と伝えている。大きな夢に対して「そんなのできない」と言われてもぶれずに、動じず、やりたいと思ったことは勇気を持ってチャレンジできる子になってほしいと願っているからだ。また、指導では「簡単でしょ」と伝え、心のハードルを取り払うことを心がけている。1回はできても2回ターンするのは難しいと感じている生徒も、「簡単、簡単」と言われると「できそう」と思って上達していくのだ。

 

「今はあなたが一番ヘタクソかもしれない。でも、上手なこの子がやる以上に、あなたができるようになったら感動が大きいの」と伝えたこともあった。一つでも課題をクリアできたらすごいんだと伝えれば、落ち込んでいる生徒も目を輝かせて、自分ができている姿をリアルにイメージできるようになる。その素直な姿はチームのメンバーにも影響を与え、一致団結していく。全米制覇という一つの目標に向かって、そして、元気と勇気を届けられるチアリーダーになりたいという夢に向かって、時には笑い、時には涙しながら一つのチームになっていくのだ。

 

結果、チアダンス部立ち上げから3年後、全米優勝という夢を実現した。その後も合計9回の優勝を果たしている。生徒たちは「支えてくれた皆さんへの感謝の気持ちが優勝の原動力になった」と振り返る。両親、先生、振付師、衣装スタッフ、移動の際の運転手など、チームに関わったあらゆる人への感謝の気持ちがあふれ出し、最高のパフォーマンスを実現できたのだった。

 

「自分だけが頑張ったと思っていては勝負に勝てません。夢を叶えるためには人の力が必要です。常に感謝の気持ちを持って、相手に感謝の言葉を伝える。そうすると、実力が伸びて成長できるのです」(五十嵐さん)

 

五十嵐さんは次なる夢を抱いている。福井県をチアダンスの街にするという夢だ。「チアのまち福井」を実現するために、一般社団法人チアドリームプロジェクトを設立した。JETSの卒業生たちとともにチアのイベントや講演を行い、いつでもチアダンスに触れられるチアホール設立を目指して活動している。

 

「園の先生の皆さんも夢を持っているはずです。その思いを職員の方々に誰よりも熱く語り、コップに水を注いであふれさせるように、毎日毎日伝え続けてください。時には形を変えながら思いを伝え続ければ、きっと組織は変化して良い集団になっていくはずです」(五十嵐さん)

 

保護者の愛情が子どもに与える影響。そして、組織を変革して夢を叶えるための力。五十嵐さんの経験に基づいた講演は、多くの示唆に富んでいた。困難な壁が立ちふさがっても、諦めず夢を追い続け、行動することの重要性を理解できた講演であった。