2024年1月1日に開園100周年を迎えた京都府立植物園。約24ヘクタールの敷地には1万2,000種類の植物が植えられており、人々にとって安らぎの空間となっています。100周年記念事業の一環として同年9月にオープンした新エリア「どんぐりの森 Dongreen Lab(どんぐりーん らぼ)」には、海外種を含む15種類のどんぐりの木が集結。この新しいエリアには、どのような想いが込められているのでしょうか。樹木医の中井貞さんと京都府職員の鷹野祐貴さん、そして、園長の戸部博さんにお話を伺いました。
日本最古の公立植物園、次の100年に向けて
ー京都府立植物園は、2024年に開園100周年を迎えましたね。次の100年に向けて、どのようなビジョンを描いていますか?
戸部:これまでも、京都府民の皆さんを中心に憩いの場として親しんでいただきました。それに加えて、今後は「学びの入口としての学習機能を強化」「多世代に向けた魅力の向上」「植物多様性の保全に関する研究機能の拡大」の3つを柱として取り組んでいこうと考えています。
国内にはフラワーパークや森林公園など、植物を見て楽しむ施設は多くあります。そういった場所と植物園の違いは、研究機能があり、学べる仕掛けがあるかどうかだと思っています。なので、単に綺麗な花ばかりを見せるだけでは不十分なんです。これまで培ってきた植物の知識を活かして、自然と直接触れ合いながら学ぶことの面白さを、世代を越えて伝えていきたいと思っています。
ー100周年記念事業の1つとして、京都府立植物園(以下、植物園)内にあるどんぐりの木が集まるエリアのリニューアルが行われました。どのようにプロジェクトが立ち上がったのでしょうか?
鷹野:私が植物園の担当になったのが5年ほど前のことで、2022年に100周年に向けた再整備を巡って、有識者の皆様から意見を聴取する懇話会が立ち上がりました。有識者懇話会での議論に向け、職員ワーキングで話し合いを重ねるとともに、府民の方からもいろんなご意見をいただきながら、植物園の将来ビジョンを固めていったんです。
印象に残っているのは、有識者懇話会に出席されていた、植物学の第一人者であり現在は「兵庫県立 人と自然の博物館」名誉館長をされている岩槻邦男委員のご意見です。
「『勉強』は、強いて勉めると書きます。植物園は、一生懸命勉強をしに来るのではなく、遊びに来るところ。また、『教え育ててもらう(教育を受ける)』ために植物園に来るわけでもない。多くの方は、楽しみに来るんです。いかに楽しみながら学べるか。それを手助けする学習支援の視点で、植物園を再構築することが大切なのではないでしょうか」
そう仰っており、まさにその通りだと思いました。そこで目が向いたのが、既にさまざまな種類のどんぐりの木が集まっていたエリアでした。この場所を、世代を問わず植物や土に触れて楽しめるような場所にしたいと思い、プロジェクトが立ち上がったんです。ジャクエツ様からのご支援もあり、2024年9月にどんぐりの森「Dongreen Lab(どんぐりーん らぼ)」(以下、どんぐりの森)として生まれ変わりました。原体験から学ぶことの大切さは、樹木医である中井さんもよくお話しされていたことですよね。
中井:そうですね。いろんな方からのご意見もあり、どんぐりの木が集まるエリアを再整備していくことが決まったのは、大変ありがたいことでした。
以前から、さまざまな種類のどんぐりの木を見てもらうだけでなく、土や落ち葉の上を歩いたり、切り株を観察したりと、五感を使って自然を感じてもらう場を提供したいと思っていました。都市化された街中では、なかなかそういった体験はできません。学校の理科の授業で習う前から、自然に触れる体験を重ねることも大切なのではないかと思っています。
遊びながら学べる「どんぐりの森 Dongreen Lab」
ープロジェクトが始まる前のどんぐりの森は、どのような場所だったのでしょうか?
中井:数種類のどんぐりの木や他の樹木のある場所ではあったのですが、2017年から2018年にかけて、台風による大きな被害を受けました。そのときに、複数の木が倒れてしまったんです。それを機に、世界中のどんぐりの木を集めていく動きが生まれました。
ただ、正門を入ってすぐのところには「未来くん広場」というエリアがあり、そこには複合遊具が集まっています。植物園に来たら、そこで遊んでそのまま帰ってしまうお子さんが多かったこともあり、もう少し植物園の中へと入り、植物に触れていただく動線を作りたいという思いがありました。
ー以前よりも、多くの種類のどんぐりの木がこのエリアに集まるようになったのですね。お子さんが足を運ぶようになったのは、なぜなのでしょうか?
中井:ジャクエツさんに製作していただいた木製タワー遊具が設置してあり、多くのお子さんは、この遊具で遊ぶことも楽しんでくれているんです。上に登ったらどんぐりの実が成っているところを間近で見れる設計になっています。
戸部:だから、通常の滑り台より高めに作ってあるんですよね。エリア内には、「どんぐりポスト」を持ったクマをかたどったオブジェも置いてあります。子どもたちが拾ったどんぐりの実をこのポストに集め、京都市動物園のクマの餌として提供されます。お子さんたちの「拾いたい」「集めたい」という欲求を満たすと同時に、循環を学べる仕組みにもなっています。
昨年秋に、天皇皇后両陛下が植物園をご視察に来られた際には、木製タワー遊具の観察デッキがどんぐりの木の花や実の高さに合わせてあることもお伝えしました。両陛下とも、どんぐりに触れながら生態系を学べる仕組みに感心されていました。
どんぐりは、国や世代を問わずに親しまれる植物の1つでもあります。最近は海外から植物園に足を運んでくださる方も多く、「自分の国にも同じ種類のどんぐりがある」と気づく方もおられるかもしれません。まさに、いろんな国や世代の人を結ぶ力があるのも、どんぐりの魅力ではないかと思います。
鷹野:まさに、先ほど戸部園長が仰った3つの柱を体現したのが、「どんぐりの森」なんですよね。
例えば、生物多様性の保全について理解することは、素人からすると難しい。けれども、「いろんな植物があるんだな」と思ってもらえるだけでも十分だと思っています。「どんぐりの森」には海外種を含む15種類のどんぐりの木があり、実を拾ってもらうだけで、種類の多さを感じられます。
子どもの頃に見た木と、再び出会える場所
ーどんぐりの森ができてから、植物園内ではどのような変化がありましたか?
中井:以前はほとんど人が入らないようなエリアでしたが、今では園内で1番と言っていいほど人気のエリアになりました。
鷹野:どんぐりの森まで来てもらえると、さらにその奥の広場が目に入り、他の植物にも触れられるきっかけになります。来場者の方の動きは、間違いなく変わりましたね。
また、以前は比較的ご高齢の方が多かったのですが、今はファミリー世帯の方も同じくらい訪れていただいています。植物園は幼い頃には両親に連れてきてもらい、自分が子どもを持つようになると子どもと遊びに来て、家を買って園芸をするようになるとさらに植物に興味を持つ、という流れがあるように思います。自分のライフステージによっても、さまざまな楽しみ方があるのではないでしょうか。
中井:この植物園が100年の歴史を持っていることも、まさにそれを象徴しているように思います。園内には樹齢100年の木が植っています。当初は2メートルほどだった木が、今では40メートルを超えている。子どものときに見た木を、大人になってから来たときに思い出してもらえたら嬉しいですね。
多世代に親しまれる場所であり続けるために
ー最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか。
鷹野:100周年を機に、さらに魅力ある植物園に生まれ変わったことは、京都府の方を中心に、多くの方にお伝えしていく必要があると思っています。そのきっかけとなるのが、民間企業の方とのコラボレーションです。今回は、ジャクエツさんにどんぐりの木が集まるエリアのリニューアルに向けてご支援いただき、さらにワークショップやエリア内を案内するイベントも開催していきました。そのおかげで、遠方から足を運んでくださる方も多くおられました。
また、京都府は、「子育て環境日本一」を掲げ、子どもや子育て世代をはじめ、すべての人にとって暮らしやすい街づくりを目指しています。京都府立植物園は「キッズフレンドリー施設」に登録されているので、今後は、さらにお子さん連れの方も快適に過ごしていただけるような施設を目指していきたいと思っています。
中井:正直に言うと、動物園や水族館に比べると、植物園はお子さんにはあまり人気がありません。動物のように動いたり、目を引く展示があるわけではありませんからね。お子さんには、どうしても植物園の魅力は伝わりにくいんです。
だからこそ、もっとお子さんたちの目線に立った魅力あるエリアを作っていく必要があると思っています。今回のプロジェクトは、そのための第一歩とも言えます。今後は、お子さん向けに整えた空間が、結果として多世代の方にも心地良く過ごしていただけるような場所にしていきたいですね。
戸部:私の夢は2つありましてね。1つ目は、植物多様性の保全のために、さらに研究機能を拡大していくことです。歴史を遡ると、16世紀頃からヨーロッパを中心に先進国で植物園が作られていくのですが、当時は大学附属の植物園ばかりでした。植物は医薬品として使われていたので、そのための研究をしていく必要があったんですね。それが、時を経て変わっていき、今では多くの植物園が植物多様性の保全のための研究をするようになりました。当園でも、その役割は果たしていきたいと思っています。
2つ目は、当園がある北山・北大路エリア全域に、植物園の緑を広げることです。周辺には京都府立大学や京都府立京都学・歴彩館、京都コンサートホールなど、学生や府民が集まる場所が多くあります。それぞれの場所に植物を増やし、賑わいのある街にしていきたいと思っています。
公園や森林、植物園などの緑地の周りに住んでいる人は寿命が延びると言われているように、植物が身近にあることで心や体に良い影響があるんだと思います。そういう意味でも、まずは周辺エリアから植物園の緑を広げていきたいですね。
京都府立植物園は、100年以上もの間、京都府が守ってきた大切な財産です。その場所を今後も守っていくことはもちろん、訪れる方や京都府民のために、絶えず発展させていきたいと思っています。